金木犀の誘惑-12
[社内掲示板]
怠惰な土曜の午後を過ごし、お気に入りのカフェで好きな小説を読み耽る日曜日を愉しみ、
又いつもどおりの月曜日を迎えて出社すると、大樹の部署に向かう通路で、黒山の人だかりが出来ていた…。
又いつもの突発人事か、夏のボーナスに向けた、組合と会社側のわざとらしい交渉記述と思えると、無視する様に部署に向かって歩先を進めた。
「お早う!」
「部長お早うございます」
部署に入ると、いつもの朝の挨拶が飛び交い、
真っ直ぐにデスクに腰を降ろす大樹に、絶妙なタイミングで珈琲が差し出された…。
「部長お早うございます」
「お早う、いつもながら良いタイミングだね?」
「ねぇ!掲示板の前の騒ぎは一体何かな?」
大樹は、差し障りの無い事務員を呼び停めると、何気なく聞いてみた。
「何でも、総務課の大塚恵子って社員、先週末の金曜日に依願退職されたらしいですよ?寿退社らしいんですけど、せっかくおめでたい退社なのに、本人の希望で同じ総務部の部長以下には誰にも告げず、内密での退社だったらしいんです、彼女魅力的な女性だったから、男性社員は興味津々なんでしょうね?な〜んか嫉妬しちゃいます(笑)」
「そうなのか、有難う!」
大樹は呆気にとられながら、直ぐにパソコンで社内共有フォルダーを開き、総務部の更新をチェックしていた…。
総務部通達:人事(最新)
【寿退社】
部署:総務部・総務課
氏名:大塚恵子(39歳)
勤務
年数:13.3年
受理:H18/7/22(金)を持って依願退職とする。
間違いなかった…。
受理されたのは先週末の金曜日、品川プリンスで食事を愉しんだあの日。
何かある…
一体、大塚恵子に何があるんだ。一瞬もの憂い顔になった恵子の顔が浮かび、大樹に言い出せずに秘めた気持ちがある事ははっきりしていた…。
週始めの月曜日、
どの部署も、恵子の退職で持ちきりだった。先週末とは打って変わり、重苦しい1日をやり過ごした大樹は、恵子の真意を確かめずには居られず、思いあまって携帯メールを打っていた…。