饗宴の後-1
浴室では妻と私は、ほとんど会話をしなかった。これまでのように、自分たちの営みに混ぜた男がいなければ、今度は二人きりで熱く抱擁し合う、と、そんなことはしなかったのだ。いや、その余裕すら二人には残っていなかったのだ。二人は、まるで、幼いカップルのように、ただ、手だけを繋いで湯舟につかり、そして、軽く、シャワーだけを使って貸別荘の大きなリビングに戻った。
「何これ」
妻が声を上げた。テーブルには二人分のパーティセットが用意されていたのだ。
「奥さんが持って来たペリエを勝手に開けてしまいました。本当はシャンパンが良いんですけど、お酒の用意はないようでしたから」
紙皿だが、カルパッチョや鹿肉の燻製のようなものまでが綺麗に盛り付けられていた。テーブルキャンドルまで灯っている。スープまで用意されていた。
「スープは冷凍したものを、今、温め直しただけです」
「こんなに、お金だって、かかったでしょうに。ねえ、アナタ」
「あ、ああ、ちょっと待って、謝礼は車に入れたままだった」
私が言うと、青年たちは、笑いながら、三人共に、それを拒否した。
「謝礼なんていいんです。この貸別荘だって安くないでしょうし」
「それに、こっちは、こっちで、奥さんを存分に楽しませてもらったわけですから」
「旦那さんもね。旦那さんも楽しませてもらいました。本当は、もう少し、旦那さんとも、からみたかった」
タオルを巻いているとはいえ、私と妻は、ほとんど全裸。青年たちは、すでに、ライダースーツのようなものに身を包んでいた。
「また、呼んで下さい。今度は奥さんだけが女王様で、男四人が奴隷という設定がいいです」
「旦那さんに、嫌らしく責められてしまうというのもいいかも。実はボクは男の人も後ろも大丈夫なので」
「でも、奥さんが楽しいのは、四人の男たちに犯されてしまうというのじゃないのかな。とにかく、また、呼んでください。出来れば、このメンバー全員」
お金を払ってでも、もう一度やりたいのは、こちらのほうだ、と、言いながら、私は、しかし、自分はM男なのに、と、今さらのように言った。
「その遊びも、面白いけど、ボクたちMなので、旦那さんが本当はMじゃないって、分かっちゃいますよ」
「それも、けっこう楽しかったですけどね。ボクは、本気で旦那さんにオシッコをかけたかったから。もちろん、旦那さんのオシッコを飲まされるのも良さそうですけど」
「あまり邪魔するのは無粋ってヤツでしょ。そろそろ、帰ります。後は、二人で、全裸の晩餐を楽しんでください」
唖然としたままの妻と私を残し、裸なのだから、外までは送らなくていいと言って三人の青年は出て行った。離れ行く爆音を聞きながら、テーブルの上で揺れるキャンドルの炎を見つめて、私と妻は、二人で同じ夢でも見たのではないだろうか、と、言い合いながら、青年が用意してくれた貸別荘の安いシャンパングラスに入ったペリエで乾杯した。
妻は、今夜は、きっと満月が綺麗に見えるはずだと言ったが、月は、チェシャキャットが姿を消して笑っているかのように細かった。