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パルティータ
【SM 官能小説】

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パルティータ-10

 老紳士が死んだとき、女は葬儀に参列した。男の妻の顔を初めて見た。妻の涙が意味のないものに見えたとき、死んだ男が自分の中に残したものに意味を感じた。男を愛していたわけではない。女はただ、自分の前に敷かれたレールを走る列車に何となく乗ってしまっただけかもしれない。その列車の窓から男を見ていたわけでなく、自分の風景を探していたような気がした。

男の死後、女の瞳の中に描いていた風景は見えなくなった。女は男がふたたび現れることを欲し、彼をただ待ち続けていた。彼が死んだということが信じられなかった。待ち続ける女の目の前で、いつも雨だけがしとしとと降り、風景は靄で包まれていた。雨はいつまでも止むことはなく、男はいつまでも女の前に現われることはなかった。
女は窓辺で頬杖をつき、何もない、何も動かない、昼でも夜でもない色彩のない憧憬を瞼の裏に感じるだけで、自分のストーリーを描けなくなっていた。そして自分を描こうと、もがきながら真夜中が来る前に夜が明け、まぶしすぎる物憂い朝がやってきた………。


 …………

人妻は真っ赤な外国車に乗って彼の家にやってきた。彼女は車の扉を閉めると、濃いサングラスを外して手元のハンドバッグ入れ、夕陽の射した別荘をまぶしそうに見上げた。おそらく二階の窓辺に佇んでいた男の姿に気がついたことだろう。
薄いジャケットに紫色のタイトなワンピースは弾けるような人妻の肉体にぴったりと吸いつき、上半身と下腹部のふくよかさと対比するように膝から先の脚はとても細く、磨かれた黒いハイヒールに伸びていた。
 男は全裸のまま人妻を部屋に迎え入れた。女は男が生まれたままの姿であることに驚くことはなく、逆に安心したような表情を見せ、ジャケットを脱いだ。そして奥の寝室を覗くと、きちんと整えられた広いベッドに微笑む。ハンドバッグをテーブルの上に置き、まるで知り尽くした自分の家のように動きまわり、ストッキングとワンピースを脱ぎ、下着姿になり、壁の大きな鏡の前で髪を解いた。ただ、人妻は鏡が地下室に続く扉であることに気がついていない。

「早く、こちらにいらっしゃい……」
 淡い灯りに包まれた寝室のベッドに腰を降ろした人妻の声がした。シャワーを浴びた女はすでに何も身につけていなかった。光沢を含んだ脂肪がねっとりとたるみ、熟れすぎた女の肉体のどんな翳りにも淫猥な情欲を含んでいた。
男は女に導かれるようにベッドに近づき、彼女の足元に跪いた。人妻の豊満な乳房が大きなゼリーのようにゆれ、病的なほど白い肌が今にも彼の体に粘りつき、蕩けてしまいそうだった。彼がいつも寝起きしている寝室のベッドが彼女のためだけにあるような気がした。
知らない女なのに、彼が自分のものかのような顔をした人妻のなかに薄らと浮かんでくるストーリーが彼と彼女の関係を予感させた。ただ、彼は《そういう女たち》の夢をこれまで何度も見たことがあるが、その中に彼女がいたのかどうかは覚えていない。

人妻は男の顎を人差し指でしゃくりながら言った。「ちゃんと覚えているじゃないの。わたしがセックスの前にあなたに求めることを」
そんな記憶はなかった……彼女の前に下僕のように全裸で跪いた記憶が。
女の脚が伸び、足指が彼の頬をなぞった。「あなたは、ずっとわたしのことを抱きたいと思い続けていたでしょう。わたしは思うの。あなたは、ほんとうはどんなふうにわたしを抱きたいと思っていたのかしらって」
そう言った女の足先が彼の顎をしゃくりあげ、男の渇いた唇のまわりをゆっくりと這う。くねる彼女の足指の先から人妻の肉体の奥に漂う淫らな匂いがした。男は女が差し出した足先に両手を添えた。むっちりとした太腿から伸びた脚はとても高慢なのに細く美しい足首は甘い繊細さを含んで優しげに冴えている。男は女の足の甲にキスをした。まるで彼女の唇や性器にいだく敬虔さ以上の不思議な思いを込めて。女はそのキスにとても満足したように足指を反らせた。男は指のあいだに舌を差し込み、撫でつけ、唇を喘がせ、唾液を絡ませた。

 とても長いセックスを人妻と交わしていたような気がした。それは彼が求めるセックスではなく、彼女の方が求めるセックスだった。その意味で彼は禁欲を強いられていた。彼女の烈しさだけが男の肉体の中に滲み込んでいた。人妻と交わっているとき、ふと眼をやった熱帯魚の水槽には、エンゼルフィッシュの死骸が水面に浮いたままになっていた。いつ死んだのかはわからない。死骸は水面でとても鮮やかに輝いていた。なぜかその死骸が男の肉体を嘲笑っているようにさえ思えた。男は不意にその死骸の中で烈しく射精をしたような気がした。

男が眼を覚ましたとき、顔の上には人妻の性器があった。女の肉の割れ目が男の頬をゆがめ、微かに開いた男の唇は女の割れ目から息を吸い、呼吸を始める。まるで熱帯魚の死骸が息を吹き返すように。女は腰を振り、性器を男の唇に強く押しつけている。男は肉体だけでなく、心も記憶も何か得体のしれないものに剥がされていく。男は人妻の尻で押さえつけられた自分の瞳が欲情に駆られるように奇怪にゆがんでいくのを感じた。それは死骸となった熱帯魚の眼だった……。


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