後編-1
じきに、ドアが開いた。誰かが新たに入ってきたらしい。
「おお!」
「なんだこれ!」
声からして、それが男子であることを知って絵奈は凍りつく。会話からして2人いるらしいこともわかる。
その2人とはクラスメートの国坂敦史と室田成一なのだが、転校して1週間程度では、同じクラスだからといって声だけでわかるものではない。
絵奈にいっそうの辱めを与えるつもりで、蘭華の指示で桃美がここに連れてきたのだった。同じクラスの男であれば誰でも良かった。
彼らにしてみれば、こんなふうにして女の子の裸を生で見られるとは、とてつもなく美味しいチャンスなのは間違いない。入室した途端に目に飛び込んできたものに興奮し、茶巾状態の少女のからだを目を凝らして見つめずにはおれない。
いやあああっ!
男の子にまでこんな恰好を見られ、あまりの恥ずかしさに絵奈は悲鳴をあげようとしたが、ぐっと思いとどまった。
声を出して、この男子たちに誰であるか知られてしまうのが恐ろしかったのだ。裸を見られているとはいえ、それが誰かわからないままなら、まだましかもしれない……。
もちろん蘭華たちに告げられたり、ここで顔を晒されたりしてしまえばおしまいなのだが、せめて自分からは黙っていようと決めた。
「で、この子、誰なんだ?」
それは男子たちとしても気になることだった。この状態では顔が見えないわけで、どうせ裸を見るなら可愛い娘だったらいい。そう思うのは男として当然だろう。
「まあ、まずはそう言わずに、ちゃんと見るもの見てったら?」
桃美がそんなふうに話を振ったので、とりあえず何者かはバレずに済んだ。
とはいえ、裸身を男の子にまじまじと観察されるのは、消えてしまいたいほど恥ずかしいことだった。視界を閉ざされてはいても、何も着けていないからだの隅々に男どものいやらしい視線が降り注ぐのは、ひしひしと感じざるを得なかった。
「色、白いなあ」
「やっぱ可愛い子なのか?」
「だといいけどな」
「胸、あんまなくて残念だな」
「いや、ちっちゃいのも俺は好きだけど」
彼女のからだのことを好き勝手に評する会話が聞こえてくると、いよいよ羞恥も増す。
そして男子たちの視線は、いよいよパイパンにされた下半身に注がれる。彼らにとって女性の性器を生で見る生まれて初めてのチャンスなのはまず間違いなく、ごくりと息を呑んで凝視する。
「おい、この子、まだマン毛全然生えてないのか?」
「そうよ、ホントお子ちゃまなんだから」
蘭華は呆れたような口調で言った。
嘘よ、この人たちに剃られたのよ……。
思わずそう抗議したくなったが、絵奈はぐっと口をつぐんだ。やはり声を出して誰かわかってしまうのは恐ろしかった。
「可愛いじゃん、ワレメ丸見えで」
「なんか清純そう」
男の子たちからの反応はむしろ肯定的だった。だがそんなふうに言われたからといって、絵奈にはもちろん何も嬉しいものではない。剥き出しにされているだろうスリットに彼らの視線が食い込んできそうな気までして、性器の奥まで震えそうだ。
「撮っていいか?」
「もちろん」
さらに、スマホのシャッター音が繰り返し聞こえてきた。ついにこの恰好を男子にまで写真に撮られてしまったのかと思うと絵奈はいよいよ絶望的な気分になる。
「ねえ、この子、誰か当ててみない?」
そして追い打ちをかけるように、蘭華が口にしたことを聞いて絵奈は慄然となる。それはずっと恐れていたことだった。
男子たちにとっても、当然最も興味を惹かれるところだ。
「ヒント、うちのクラスの子だよ」
これを聞いて、絵奈にもここにいる男子たちがクラスメートだとわかる。まだ彼女の方からはクラスの子たちの顔と名前を覚え切れてはいないとはいえ、全く見ず知らずの相手よりも、恥ずかしさがさらに増してくる。
敦史も成一も茶巾状態の裸身に目を注ぎつつ、思案しだす。
クラスの女子は全部で18人。ここにいる蘭華と桃美は当然除くから、残る16人のうちの誰かだ。とはいえ顔無しで誰かを判別するのは、意外と容易ではなかった。
「じゃあ……」
敦史が口を開こうとした時、蘭華が口を挟む。
「待って。答えは1人1回だけね。正解だったら顔、見せてあげる」
当てずっぽうでも一人ずつしらみつぶしに挙げていけばいずれは当たるだろうが、蘭華はそのようにはさせなかった。そのほうが絵奈の辱めが増すと考えたに違いない。
というわけで、男子2人は改めて考え出した。もし間違えたら誰の裸か分からずじまいになりかねないから、解答にもちょっと慎重になる。
絵奈はスレンダーな体型だが身長は平均ぐらいだから、顔が隠れた状態では他の子との区別が難しく、簡単には特定できないかもしれない。それだけが彼女にとって望みだった。
「これで顔見てブスだったら興ざめだな。正解が磯村とかだったら最悪だぜ」
「ブスじゃ正解したってしょうがないだろ。まあ橋本みたいなデブじゃ絶対ありえんけど」
「とりあえず可愛い子を答えたほうが良さそうだな。その方が当たれば儲けもんだし」
絵奈にも男子たちのまるで品性の無い会話は聞こえてくる。もう耳を塞ぎたい思いだった。だが両手を縛られた状態では、それすらも出来なかった。
「こーらボーイズ、相談はナシよ」
桃美が口を挟んで、会話を遮った。
「じゃあ、あと1分で答えてね」
こうして2人は沈黙のシンキングタイムに入った。
お願い、2人とも正解しないで……絵奈は祈りたい思いだった。もちろん蘭華のことだから言ったことを守る保証などどこにもないのはわかっている。それでも、誰かを知られないためにはその可能性に望みを託すしかなかった。