「ふうふ」-6
しのちゃんが、フォークに刺したアスパラを俺に差し出す。これも、何も知らない人が見れば平和な家庭の食卓の光景に映るんだろうけど、これは完全に「こいびと」どうしのラブラブな行為だ。遠慮なくアスパラを咥え、ついでにしのちゃんのフォークを軽く舐める。アスパラとフレンチドレッシングとミートソースの味しか味蕾は感じ取らないけど、しのちゃんがなんのためらいもなく俺に自分が口をつけた食器でシェアしてくれる、そのことがリアルなキスよりも興奮させる。や、飯食ってるときの勃起は行儀悪すぎるぞ俺。
「おいしい?」
「うん、最高においしい」
でしょ、と、しのちゃんがまたドヤ顔になる。
しのちゃんと二人で食器を洗う。すすいだサラダボウルを水切りかごに置きながら、しのちゃんが俺を見上げて言う。
「ねえ、『こいびと』って、けっこんしたらなんて呼ぶの?」
「え?」
「だって、けっこんしたら、『こいびと』がパパやママに変わるでしょ、そしたら呼び方も変わるのかなあ、って」
「うーん……そうだね、夫婦、とか」
「『ふうふ』?」
「そう、『ふうふ』。おっと、と、つま、っていう意味」
「ふうん……じゃあ、あたしとお兄ちゃんは『ふうふ』になるんだ」
ふへへへ、と、しのちゃんが照れたように笑う。
「なんかね、あたし、お兄ちゃんとこういうふうにいっしょに、洗濯物とかお皿洗ったりとかしてると、あたしとお兄ちゃんがママとパパみたいになったような気がするの。だって、『こいびと』って、しょうらいはけっこんするんだもん。そしたらあたしとお兄ちゃんは『ふうふ』になるんだ、きゃー」
両手をあごの下にあてて、身体を左右にもじもじさせるしのちゃんがたまらなく愛おしくなる。しのちゃんの言う「けっこん」と結婚、「ふうふ」と夫婦がリアリティの部分でどれだけ一致しているかはわからないけど、しのちゃんにとっては俺との関係は少なくとも現時点では永遠のものとなっているのだろう。それは、俺も同じだ。最初のきっかけはペドフィリアとしての気持ちのほうが大きかったのは確かだけど、こうやって「こいびと」になって、さおりさん公認になって、互いの信頼や「愛」とやらを積み重ねてきて、俺もしのちゃんのいない生活、人生なんて考えられなくなっている。たとえしのちゃんがこの先二次性徴を経て麻衣ちゃんのようなJDになり、柚希ちゃんや琴美のように二十歳を超えて社会人になっても、いまと同じようにしのちゃんを愛し続けるだろう。そしていつか「けっこん」いや「結婚」することになるんだろう。そのときまでずっと、しのちゃんとしっかりと繋がり続けておかなくてはいけない。浮気なんて論外だけど、それこそ二次性徴、思春期を迎えたり進学なんかで世界が広がったしのちゃんの心にどういう変化が起こるかなんて予想もつかないから、いまの信頼関係や愛情を失わないように心からしのちゃんを愛し続けていかなきゃいけない。
しのちゃんとの結婚生活、か。軽く妄想してちょっとぼんやり手を止めていた俺の耳に、ユーチューバーのけたたましい声と無駄に陽気で打ち込み臭の強いBGMが飛び込んでくる。俺のパソコンをいつのまにかブートしていたしのちゃんがブラウザを開き、最近チャンネル登録者が百万人に達したとかいうファッション系インフルエンサーの動画をゲーミングチェアーに埋もれながら見ている。しのちゃん、自分から俺にドリーミーな妄想を喚起させておいてほったらかしはないぜ。それにしのちゃんとの結婚生活の妄想、一発目に出てきたのは大人になったしのちゃんとの「夫婦生活」だったりして、さっきの間接キスのときには抑え込んだ勃起が蘇ってきちまってる。
まあいい、休日の一日は長い。俺はもうとっくに動画に夢中で見入っているしのちゃんがパソコンデスクに置いた右肘の隣に伏せておいた文庫本を取り、ベッドにごろん、と横になって続きを読み始めた。正直中断箇所が、意外な人物がもしかしたら真犯人なんじゃないかとの疑惑が出てきたあたりで気になってたんだよな。ユーチューバーのやたら抑揚が大げさな声と窓の外の静かな雨音との奇妙な音のマリアージュの中、しのちゃんの温もりと体臭をかすかに感じながら、俺は勃起をいったん鎮めることも目的に、帯に「全国の書店員がダマされた!これがどんでん返しの決定版!!」のゴシック体が踊るミステリーの世界にゆっくり戻っていった。