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花屑(はなくず)
【SM 官能小説】

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花屑(はなくず)-9

白い光沢にまぶされた青年のからだに振り下ろされる鞭の音だけが、私の中の森閑とした暗闇に木霊し、私の胸奥を氷のような冷たい手で鷲づかみにする。その手は私の性器を鋭く貫き、睾丸さえ抉り出しそうなくらい深く突き刺さったのだった。私はその手を振り払おうともがき、喘ぎ、無我夢中で鞭に晒される青年を自分自身に投影しようとしていた。

ヒヒュンー、ビシシッ… あうっー、あぐぐーっ…

澱んだ空気の中で、微かに湿り気を帯びた鞭が、棘のように青年の瑞々しい肌に吸いつく。鞭の音とともに青年の裸体が烈しく撥ね、悶え狂う嗚咽が唇から迸る。

ビシリッ… ビシッー うぐっ…あううっ… 

一本鞭がしなり、うねりながら青年の肌に浮遊する光を切り裂く。ふと気がつくと鞭の音と彼の嗚咽だけが響く部屋の中は、不思議なくらい静寂に包まれていた。痛みを噛みしめる青年の肉体は、自らの肌に赤い条痕が描かれることに夢幻の沈鬱な情念を浄化させようとしているかのようだった。 

青年は私自身を映し出す鏡なのだ。その鏡面から放たれた不穏な光は、私自身の肉体に鋭く振り下ろされる鞭となって私を身悶えさせ、私の性を今にも解き放とうとしていた。それは私にとって茫漠たる無為の悦楽となりながら、果てしない虚空の蒼穹へと私を導こうとしていた。
幻惑的な灯りの中で青年の尻肉が妖しく揺れ、背中は弓のように撥ね、白い咽喉がのけ反る。風の中で樹木の小枝がしなるように鞭がうねり、闇を切り裂く。滑らかな曲線を描く彼の脇腹やその引き締まった太腿に鞭が絡みつく。痛みを噛みしめる肉体が、その痛みの余韻に酔いしれるのを確かめたかと思うと、女は容赦なく次の鞭を振り下ろす。

その鉛のような重い鞭の音に私は何を考えていたのだろうか。私は、女に鞭を受ける艶やかな色合いを見せる青年の肉体の美しさに酔いしれる。鞭が空を切る瞬間に、厳しく無抵抗に拘束された肉体に走る痛みに歯を噛み鳴らしながら耐える青年。苦痛にもがき、その痛みの快楽にのたうつ彼の表情ほど、肉情に溢れた姿はない。鞭の苦痛は同時の私の苦痛でもあり、鞭の痛みに酔うように自分自身の瞳が曇ってくる。
私はその女が誰なのかわからない。ただ私は、自分が隷属できる女だと意識し、初めて異性に対して肉欲を高揚させていた。私は自分の観想の中ですでに青年そのものになりきっていた……。


 夜風が窓越しに見える庭の桜の枝をかすかに撫でているような音がした。わたしが倉橋の文章を読み終え、静かに雑誌を閉じると、倉橋はじっと考え込んだあと、深く煙草の煙を吐いた。
「いつものように彫像の制作のために青年の肉体を目の前にしたとき、わしは彼の背中と臀部に痛々しい幾筋もの鞭の痕を見つけた。わしはその鞭の痕について青年を問いつめ、青年の秘密を知った。その条痕は彼の肉欲そのものであり、わしが失った肉欲でもあることに気がついた。そしてわたしが彫っている彼の彫像の不完全さが何であるのかを知らされた。その後、わしは像の不完全さに戸惑い苦しめられた……」
「あなたは青年の苦痛と快楽に嫉妬をしたのよ」
倉橋は月灯りに照らされた庭に目を凝らしている。彼の視線の先に風に流されるように、はらりと桜の花びらが風になびくように散っている。
「彼はわしが、彼の彫像に対比させてもうひとつの裸婦像を造ることを考えているということを知った……」
倉橋の低いつぶやきが舞い落ちる花びらに吸い込まれていった。
「あなたは青年だけのものだった。でも彼は自分の彫像の向こう側あるあなたの視線に気がついた。つまりあなたが密かに彼の肉体を通して、あなたの情念の対象として裸婦像を実現しようとしていることに。そして青年が自分の肉体に刻まれた鞭の痕をあなたに晒すことは、《あなたへの仕打ち》だったのではないかしら。そしてあなたの中に潜む性の不在に対して、逆の意味でのエロスの狂わしさを与えた……」
「そうかもしれない。青年はある女性と特別な関係をもっていた……痛めつけられることで、自分が性的な何かを得られる女性と。それは同性愛者の彼にとっては異性を感じる唯一の方法だった。そしてわしはずっと彼の肉体に刻まれた鞭の痕に苦しめられ続けた。それは彼自身が自分の肉体を《すでにわしが手の届かないところで具現化》しているということだった……」



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