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花屑(はなくず)
【SM 官能小説】

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花屑(はなくず)-8

朗読する言葉が途絶えたとき、何かを思い込んだように倉橋がふとため息をついた。
店の坪庭が見える木戸のすきまから風が忍び込み、わたしと彼のあいだをゆるやかにすり抜け、花の香りが遠い記憶の縁をなぞりあげていく。樹々が風に揺れ、梢の葉が微かに擦れ合う。月光の冴え冴えとした清らかさがまるであの青年の瞳の中の光のようにぼんやりと浮かんでくるような気がした。
「あなたはわたしに隷属し、わたしはあなたに隷属しようとした……あの青年を介して性愛を求めるために」
「隷属という言葉は、じつに官能的に聞こえるものだな」
「愛しすぎた関係の先に求めるものが、互いに相手に隷属することではないのかしら。でもあなたはわたしではなく、自らが造りあげようとした彫像に隷属しようとした……」
わたしの言葉に、倉橋は黙ったまま深く煙草を吸った。そのとき外で強い風が吹いたのか、夜桜の花びらが雪のように空に舞いあがった。闇と花びらが織りなす蚊絣(かがすり)の紋様は月灯りにまぶされ、よじりながら、狂おしく、花屑となって溶けていく。
「あなたは、ふたつの裸体像の彫刻を完成させるためには青年の肉体を裸婦像に隷属させることが必要であることを感じていたわ。裸婦像によって青年の肉体を肉体以上のものに昇華させることを。そしてそのことが青年の彫像を完成させるためにもっとも必要だと思っていたわ。なぜならそれはあなた自身の欲望であったからだわ」
 倉橋は、わたしの声を遠ざけるようにゆっくりと窓の外の庭に目を移した。
「それはあなたの肉体の存在の意味を確かめるためにはどうしても必要なことだったわ」


――― 女は青年の愛撫を冷酷に突き放し、踵の高いハイヒールで彼の頬を踏みつけ、黒い鞭を手にした。頭上で手首を縄で縛られた青年が、天井の滑車から垂れ下がる鎖で吊るされる。痛々しい青年の肉体がこれほど美しいものだとは思わなかった。それは私が造りあげた彼の彫像に欠けていたものであるような気がした。同時に、彼の肉体の奥から瑞々しくゆさぶり起こされた、甘美な情欲そのものだった。
全裸の青年の傍で女が床に鞭を叩きつけた瞬間、私に眩暈と動悸が襲ってきた。床に叩きつけられた鞭の音は、鉛のようにどろりと溶け、私の背筋を流れていった。次の瞬間、女が振り上げた鞭が鋭く空気を引き裂き、青年の肉体に絡みついた。

ヒュン……………ビシッ… 
青年の白い背中に振り下ろされた鞭の音が壁に反響した。
あうっ―――っ 
彼の低い呻きが洩れる。その喘ぎ声は、空気の澱みの中にまるで青年の体液の飛沫をまぶしたように一瞬にして消えていく。頭上に伸びた手首を鎖でくくられた青年のからだが、滑車の軋む音とともに小刻みに揺れると、青年の肉肌に私の視線が粘りつくように強く吸い寄せられていく。

ヒュン……… ビシシッー、ビシッ、ビシッー

ああっ…あぐっー、ぐふ、ぐぐっ…
嗚咽を噛みしめる青年の体は、女の鞭で苛まれれば苛まれるほど、秘めた肉と性の輝きが滲み出るような気がした。女が美しく振り下ろす鞭に揺れ動く彼の肉肌の感触が、私の性奥を痺れるような波動となって駆け抜け、血流の中をゆっくりと逆流しながら揺らめく。次々と欲情の波が私の肉奥に押し寄せ、生ぬるい血流がぬかるみ、息苦しく喘ぎ始める。止めることのできない欲情は、苦痛によってどこまでも浄化しようとする青年の肉体をとおして私の中で今にも血潮となって飛び散ろうとしていた。

ビシッーッ… ビシッー あうっ…

鋭く振り下ろされる女の鞭に、青年は咽喉を仰け反らせ、小刻みに震わせるなめらかな背中の翳りに汗を滲ませる。女はまるで肉欲にとりつかれたように青年のからだに次々と鞭を叩きつける。鞭の先端が彼の背中に舞い、胸の隆起に絡み、臀部の肉を跳ね上げ、幾筋もの赤い条痕が肌に刻まれていく 
青年の肉体は、やがて溶けた鉛のような輝きを滲ませ、彼の肉体のすべてを潤ませていく。不意に彼の肌に潤んだものから甘い匂いが漂ってくる。麗しく開いた唇から、引き締まった胸肌から、窪んだ下腹から、臀部の切れ目から、ふるふるとそそり立つ男根から。いや、体中の毛穴から漂ってくるその匂いは、まるで私のからだに群がる無数の蟻のようにじわりじわりと私を息苦しく蝕んでいく。私のからだの芯に押し寄せる青年の肌の光沢が私の閉ざされた陰部の源を突き抜け、臓腑を引き裂くと、爛れ出たものがじわりとからだ全体に広がる。


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