就職活動-4
質問の展開に戸惑うが、『大人』の人たちは他人の家庭の中も見通す眼力を持っているのだろう。
「はい、その通りです。いつも母が父の上に…」
また、面接官がどっと笑う。二番目の人が口を開く。
「常務? 女性上位のときは男ができるんじゃ…?」
「そうだったかね。ははは」
別の人がニヤニヤ笑いながら口を開く。
「元気そうなお母さんですね。お母さんとは普段どんなお話をされていますか?」
「そ、そうですね…。母からははわたしは姉妹の中で『察しがいい』と言われます。わたしにはよくわかりませんが…」
「ほう。『察しがいい』と。そうすると、これまでのわれわれのたわいもないやり取りも、実はすべてお見通しかな?」
「?…。いえ、さっぱり…」
正面の人が天井を向いて笑っている。入室したときの澱んだ雰囲気はすっかり消えているようでホッとする。別の人が口を開く。
「わがグループは、女性も貴重な戦力として考えています。一体感を高めていく上で女性の存在は不可欠ですからね。男というものは情けないものでね。ところが女性がまとめ役になってくれると結束力が高まって思わぬ力を発揮する…」
正面の人が話を遮ってくる。
「話ついでにお聞きしますが、あなたがこれまで感じた『一体感』とはどのようなものでしたか?」
「え、そ、そうですね。高校のとき文化祭でクラスのみんなで劇を…」
「なるほど、わかりました」
発言の途中で遮られて、再び失望感にとらわれていると、正面の人が、手前に座っている人に声をかける。
「一体感ね…。山田君は最近『一体感』味わってるかね。ずぶっと奥深く…」
ほかの面接官たちがどっと笑うが、わけがわからない。
「まあ、それなりに…です」
手前に座っている山田という人が苦笑いしながら返答している。正面の人がこちらに話しかける。
「まあ、わたしも久しく味わっていないがね…。『一体感』か。いい言葉を思い出させてもらいました。学業の成績も優秀のようですし。拝見する限り心身とも健康でいらっしゃる…。期待していますよ」
(期待していますよ?)思いがけない言葉に今度は気持ちが舞い上がる。
「はい。頑張りますのでよろしくお願いします」
「では、結果は追ってお知らせしますので、面接は以上といたします。お疲れ様でした」
手前に座っている人が面接の終了を告げる。わたしは椅子から立ち上げって一礼して部屋を出る。
「なかなか盛り上がっていましたね。手応え十分だ」
この前、喫茶店に連れて行ってくれた人が現れていた。名前は、なんて言ったっけ…。
「あっ…、こ、この前はコーヒーをごちそうになりまして…」
(いやいや…)と手を振りながら、すぐに立ち去ってしまい『上田さん』という名前を思い出しても後の祭りだった。それでも3日後、内定を知らせる封書が『○○コーポレーション採用グループ』から届いた。
早速、母に電話をする。
「ああ、お母ちゃん? 今日、内定の通知もらったよ」
「そうやろ、そうやろ」
「そうやろ?」
「ん? ああ。そりゃあ、アンタのことだから採用間違いなしと思うとったからな」
「そうなんか? まあ、お母ちゃんにはいろいろお世話になりました」
「なあに、八幡さまのおかげってことやわ。また、お参りしておくからな・また、会社の人といろいろ話をするんやろ?」
「え? そうなの?」
「ん? そりゃあ…そういうもんなんやろ。まあ、なんにしてもよかったな」
電話を切って、改めて封書の中を見ると。配属される可能性があるというグループ企業が何十社と羅列されていて、改めて通知すると書かれていた。わたしにとっては○○グループなどに就職を希望するなど考えてもいなかったから、どこでもよいと思った。
1週間くらいして「○○トレーディング」という会社の人から電話がかかってきた。今度は女の人だった。なんでも先輩女性社員として懇親を深めておきたいとのことで、食事でもしないか、という話だった。
何度か連絡を取り合って、ある日の夜に静かなレストランで食事をご馳走になった。落ち着いた感じの人で入社8年目ということだった。もしかしたら近くで仕事をすることになるかもしれないという話もしていた。次のお店でお酒も飲んで、いくらか打ち解けて話もできた。
「わたしも地方から出てきたのよ。ほんの腰掛のつもりで入社したんだけど、結構居心地がよくって」
「そうなんですか。この前、実家に帰ったんですけど、やっぱりホッとします」
「そうよね。温泉とかゆっくり浸かって。都会の垢を洗い流す…って感じ」
「いいですね。温泉」
「一緒に温泉行きたいわね。楽しみだわ」
試験も面接も中途半端な出来だったと思っていたが、3日後には内定通知が届き、わたしの就職活動は終わった。振り返ってみれば、わたしの就職活動は、困惑しながらコーヒーを飲んだあの一日だけだった。会社に入る前に母と一緒に八幡さまにお参りに行こう。