鬼娘かわいい-9
市松人形を御神体にしたら、絶対に髪とかのびそうという意見は、正人と史奈で一致した。
幽霊が撮影された画像や写真をお祓いしているお寺の住職さんに、鬼っ子様の写真や動画などを撮影したりなさらないようにと正人は言われたと、史奈と鬼っ子様に正人は報告した。
「あの、これなんですけど」
史奈と鬼っ子が並んで正座して、鬼っ子は初めての撮影に緊張しているのか真顔で、史奈はドラッグで酔わされて撮影されたことを思い出し泣きそうな表情の写真を住職に正人は見せた。
「いわゆる世間一般で言われる心霊写真ではないですね。ただ、こちらの写真からは強い悲しみが感じられます」
何があったのか住職さんに史奈の裏事情を正人は話したわけではない。写真の史奈の表情を見れば、それは悲しそうだと俺だって見ればわかると正人は思った。鬼っ子様のほうの感想を正人が聞いてみた。
「かわいらしいお嬢さんですね。あなたのお子様ですか。写真を撮られるのに慣れていらっしゃらないようです。たくさん撮ってあげれば笑った写真もきっと撮らせてくれますよ」
(この前は絶対に撮影するなって言ってたくせに!)
正人は帰ってきて、史奈と鬼っ子様に、かわいらしいお嬢さんですねと言われたと報告した。
鬼っ子様を心霊写真にして、お引っ越しさせるアイデアはうまくいかなかった。
「そうじゃ、おぬしらの娘になればいいのじゃ。おぬしらがまぐわい、われがまだ心ができる前の、たしか受精卵とやらに宿ればよかろう」
正人と史奈が顔を見合せた。ふたりで同時にため息をついた。
「なんじゃと!」
正人と史奈はセックスしないまま結婚して、結婚後もセックスせず、どうしても子供が欲しいと思ったら、病院で体外授精しようと話し合ったと聞いて、鬼っ子様が驚いていた。
史奈はドラッグを使われてレイプされ、その後もしばらく弄ばれた。
その恐怖から、セックスしようとしてもパニックになって過呼吸を起こしたりしてしまう。
「あ、でも、手をつないだり、その、キスは平気だってわかったんですよ」
史奈が恥ずかしがりながら、鬼っ子様に言った。
「おぬしはそれでよいのか。前はまぐわいの様子をやたらと思い浮かべて興奮しておったではないか?」
「嫌なことを思い出させてまで、それもこわくて体が拒否してるのに、無理にするのは、なんかちがうかなって」
「したくないわけじゃないんです。でも息ができなくなったり、吐き気がしたりして、山崎さんとことが大好きなのに、その気持ちが嘘だから、私の体が拒んでいるみたい思ったり、山崎さんに誤解されたくもないんです」
「なんたることか、お史奈がこんなことになっておろうとは」
正人は現在も無職で生活保護の申請をしようか迷っているほど、正社員の職が見つかっていなかった。
結婚すれば、史奈が働き正人がパートで働きながら主夫をすることも考えていることも鬼っ子様に説明した。
「もし普通にセックスできていても、子供を学校に行かせてあげたりして、大学まで通わせるには、かなりお金がかかるんです。それなら夫婦ふたりで仲良く暮らすほうが、子供はかわいそうじゃないと思うんです」
「おぬしら、どんなに心を通わせあった者がまぐわうことが、気持ちいいことかわかっておるのか?」
正人は鬼っ子様の目の前で史奈を抱きしめてキスをした。
「今、俺は幸せです」
「せっぷんして、ふたりがどんなにときめいているかはわかるがの」
鬼っ子様が正人の股間を指さした。
「そなたのそれは、そんなにはちきれそうになっているではないか」
「ごめんなさい、山崎さん!」
史奈が部屋を飛び出した。財布もスマートフォンも、バッグごと部屋に置いたままで。
「昼間、勃起した俺のちんこを扱いてぬいてくれようとしたんですけど、手についた俺の精液を見たら吐いてしまって」
「何を言っておる、とにかく連れて帰ってるのじゃ、ほら、走れっ!」
えぐえぐ肩を落として泣いて、ごめんねと繰り返している史奈が、正人に手を引かれて部屋に戻ってくると、鬼っ子様が史奈に抱きついた。
「鬼の力を見くびるでない、お史奈に憑いておるものがおる」
心霊写真をお焚き上げして供養する寺の住職が。心霊写真と気づかないほど目立たないように憑依している怨霊がいる。
深い悲しみの波動は隠しきれない。
そして、鬼っ子様が部屋に怨霊の侵入を特別に許した理由を、正人と史奈は説明された。
「しかし、逆恨みしてお史奈を祟るのであれば許すわけにはいかぬ」
ブルドック顔の竹野滋は、妻の目の前で泣いている娘を5階のベランダから投げ棄てた。
娘の命を目の前で奪われ、ベランダから何か放り出されたので、ガサ入れを警戒して違法薬物を外へ隠す為に投げたと思った捜査員は目を疑った。
嬰児の遺体。
首がひねられている。地面に叩きつけられ損傷が激しい。
捜査員が令状を持って竹野滋の部屋に踏み込んだ時、子供を殺され、投げ棄てられた妻の美穂は包丁を自分の腹に突き刺していた。母親の腕の中から奪われた嬰児は、母親を求め怯えて泣いた。
嬰児の最後の思念と感情を、鬼っ子様は優しく受け入れて鎮めた。
自殺した美穂の怨念は夫の竹野滋ではなく、夫の浮気相手を呪いながら死ぬと憑依して祟り始めた。まず、片倉泰子が鎌田秀明と違法薬物を使ってセックス中にひどい幻覚に襲われた。ゴキブリが鎌田秀明の口からぞわぞわとわき出す。片倉泰子は、自分の全身が腐敗したような臭さを感じるという幻覚に襲われた。
鎌田秀明は自分の両耳を押さえた。幻の細いハリガネムシのようなものが、耳の穴から入らないように必死なのだ。
霊障と幻覚剤LSDによる幻覚。
怨霊は片倉泰子の記憶のつながりから、鈴木史奈を見つけた。
「なぜ人を祟り死へと導いておるかわかっておるか?」
ごめんねと繰り返す声が止んだ。