鬼娘かわいい-6
「ところで、お史奈もこやつと一緒に、めおとになってここに住み着くのか?」
「めおとに……ええっ、山崎さんと結婚するかってことですか?」
「そんなに驚くことかの?」
「まだ知り合って、そんなにたっていませんし、その、おつきあいをしてから」
史奈が顔を赤らめて、チラッと正人を見て、すぐに目をそらす。
「知り合ってからは、ずいぶんたっておるようじゃがの。まあ、そろそろ別の男とめおとになるのもよいかもしれぬ」
ずいぶんたっておると言われた意味がわからず、正人が聞いてみると、前世でも正人と史奈は夫婦として暮らしていた過去があるらしいことが判明した。
鬼っ子に史奈は前世でも正人と夫婦だったと言われて、ああ、そうだったのかと思った。
正人が相談を聞いて励ましてくれた夜のあとは、毎日、正人のことを考えない日がなかった。今まで自分から、ひとりの男性をこれほど好きになってしまったことはなかった。
「お史奈はこやつのどこが気にいっておるのじゃ?」
「優しいところですね」
「他の男より臆病で、気が弱いだけかもしれぬ」
「ふふっ、臆病ですか?」
生まれ変わってまた夫婦になることを選ぶ者もいれば、父親と娘、母親と息子として生まれ変わってみたり、兄妹、姉弟といろいろなパターンがあるらしい。
「生まれ変わっても、好きな人のそばにいたいってことなんでしょうか?」
「護り神として、人に生まれ変わらずに、そばで見守っていることもある」
正人が不謹慎にも、近親相姦って前世の伴侶が再会することで起きるのかと、史奈と鬼っ子の会話を聞きながら黙って考えていた。
「嫌な人とのつながりというか、因縁みたいなものもありますか?」
「ある。むしろ、そのほうが多いと覚悟したほうがよい。わざと苦しめるために何度も近づくものもおる」
「そうした因縁から、逃れる方法はありますか?」
「因縁を手放すには生まれ変わらなければよい。しかし、生まれ変わった伴侶と再会して、めおとにはなれぬ。どちらかを選んで生まれ落ちておる」
(山崎さんをこの子は、私の前世からの伴侶と言ったわ!)
史奈は、山崎と夫婦になるために生まれ変わってくることを選んで生まれてきたのだと思った途端、なぜかぽろぽろと涙がこぼれた。
すると、正座していた鬼っ子は、すっと立ち上がり、史奈の頭をあやすようにそっと撫でた。
「ここに会いに来るまでたいへんだったようじゃのう。よしよし、お史奈、泣くでない。気のきかぬ男だの、まったく」
正人の顔を、鬼っこが見つめた。
言われて、おずおずと史奈の背中をさする正人なのであった。
史奈が落ち着いて泣き止むと、正人は鬼っ子に質問してみた。
「俺の人生がうまくいかないのは、前世の因縁のせいですか?」
「おぬし、なりわいがなかなか見つからぬだけで、人生がうまくいってないと思うのか。はぁ〜っ、なんと情けない。おぬしは無事に生きておる。おぬしがしっかりせんと、お史奈が苦労を丸かぶりしておるではないか!」
どうやら正人が合わない職場を選んでいるのは、前世の因縁よりも自業自得ということらしい。史奈の場合は、業の深いものに狙われたらしい。
「おぬしも、お史奈も、人生うまくいかぬなどと考えたり、言ってはならぬ」
ブルドック顔の竹野滋は鈴木史奈から別れを告げられて3ヶ月後、逮捕された。
ドラッグの密売人が先に逮捕され、顧客リストから、竹野滋は警察の内偵がかかっていた。
竹野滋は自分の子供の泣き声がうるさいと、5階のベランダから自分のまだ1歳にもなっていない娘を投げ棄てた。
「残酷じゃが、自分ではどうすることもできぬうちに命が奪われることもある。そのようなものはうまくいかなかったと言ってもよいかもしれぬ」
鬼っ子がそう言った時は叱咤激励されたのだとしか正人と史奈は思わなかった。
後日、ブルドック顔の竹野滋が逮捕されたニュースが流れると、人生うまくいかないと言ってよいのは、父親に殺害された女の子の赤ちゃんだけだという意味だったとわかった。
鈴木史奈がもしも別れを切り出していなければ、史奈は麻薬及び向精神薬取締法違反で逮捕されていた。執行猶予中の所持と使用で刑務所へ行かされる。
前世の伴侶の正人とはめぐり合えずに、自殺して人生を終えていた。
鬼っ子には鈴木史奈に正人が会いに行かなければ、どうなるのかわかっていた。しかし、それで運命が変わり、鈴木史奈のかわりに女児の赤ちゃんが父親に殺害されるのもわかっていた。
生き残れるのはどちらかひとり。それが残酷な現実だった。そして、鬼っ子はまだ言葉も話せない無垢の命の力を吸収して存在し続けるのであった。
堕胎された子供やまだ死に恐怖すら感じないのに、抱きあやされないことや話しかけられないことには怯える子供の命が消え失せさる寸前にわずかな力が、鬼っ子に宿るのである。
鬼っ子と話をしたあと、鬼っ子が寝袋で眠ったので、鈴木史奈は自分の部屋に帰ることにした。正人が部屋まで送ると言ったが、駅まででいいと史奈は言った。
「鬼っ子様、かわいい。私が一緒に暮らしたいぐらい」
それはオナニーができなくなるからおすすめしない、と正人は内心で思っていたが、恥ずかしいので言わなかった。
「山崎さん、じゃあまた来週、おやすみなさい!」
一週間、仕事を我慢すれば正人と鬼っ子様に会えると、史奈はがんばった。史奈は出産後の竹野の妻と接触したりはしなかった。客の案内はブルドック顔の竹野ではなく同期の男性社員とすることになった。竹野のほうも別れた相手と組んで仕事するの気まずかったのだろう。
史奈ではない別の女子社員に目をつけただけともいえる。竹野はチーフでそれなりに立場があったので、史奈のあと竹野と組んだ女子社員は態度が横柄になっていった。史奈には、竹野と関係を持っても、そうした態度の変化がなかった。