混沌とした世界(中編)-3
妻のリタがありながら、男色家の闇商人エラルドは、妻のリタは郊外の邸宅でシャンリーのメイドとして仕えることになり、エラルドだけが闇市が開かれ、奴隷市場がもっとも人が集まり賑わっているバーデルの都の市街地へ戻ってきた。
「ガルド、人間が売られています」
「そりゃ、そうだろう。あれは奴隷だからな」
「ここでは人がお金で家畜のようにお金で売り買いされている。なんてことを」
「これも現実だ。貴族のお嬢様には信じられないかもしれないがな」
ガルドは奴隷市場に令嬢ソフィアを連れて来ていた。傭兵として手下になった連中は、辺境の村人に奴隷として買われ、家畜以下の働かせられかたさせられたので殺されると思い逃亡してきた者たちだとガルドはソフィアに話してやった。
「村人が奴隷を買うのは働かせるためだが、貴族はちがうようだがな。問題は売れ残った奴隷だ」
「どういうことですか?」
家畜は耕作に使われる牛や荷物や人を運ぶ馬、他にも鶏や豚のように食用の家畜がいる。これらが売れ残っても、持ち主が食糧にできる。
しかし、人間は食用にしない。
「売れ残ったらどうなるのですか?」
「娼館へ安売りされるなら、まだましかもしれない。だけど、バーデルの都の娼館だった遊郭は、地震の時に火災ですっかり焼け落ちたらしいからな」
「それは、つまり……ひどい!」
まったく売れない奴隷を、奴隷が死ぬまで養い続けられる裕福な商人はいない。
つまり、殺してしまう。
売れ残っている奴隷を養っている日数が長いほど、商人の損害額が増えていく。
それを止めるには、奴隷を始末するしかないのである。
「この都を侵略する気だったが、ソフィア、パルタに帰るぞ」
ガルドの想像していたバーデルの都ではなかった。奴隷市場から闇市までの市街地を歩きながらガルドはソフィアに言った。そして、小袋から小銭をひと握り、路上にばら撒いた。
小銭が割れた敷石へ音を立てながら日にきらめきながら散らばる。
音を聞きつけた疲れた顔の母親と小銭を拾う幼い女の子がいた。
母親が急に娘の手を引いて逃げ出す。
物陰からあらわれたやはり疲れきった表情の男が小銭を這いつくばって拾う。
「あとは、さっきの親子に残してやれ。拾った分はくれてやる」
「ひっ!」
ガルドに声をかけられた男が慌てながら逃げていく。
「もう隠れてなくても大丈夫よ!」
ソフィアが言うと隠れていた女の子が出てきて、ガルドをちらほらと気にしながら小銭を拾っている。
「悪いな。俺たちは、これぐらいのことしかできない」
母親が泣きながらガルドに頭を下げた。
闇市で食糧を買うことができる。
汚れた服を買った服と交換できる。
それくらいの金額だが、その金すらなくて、この母子は途方に暮れていた。
金を手渡しで渡さなかったのは、受け取れは母親か娘をガルドが買ったことになるからだ。
「パルタのほうが、いいところだな」
フェルベーク伯爵領では女性の権利を剥奪した法律で男性が優位に立つ制度を作り出した。
この母娘はフェルベーク伯爵領からバーデルの都まで来たが、路銀が尽きた。
ガルドが金を恵んた母娘は、その後、ストラウク伯爵領まで旅を続けた。
ガルドがばら撒いた小銭に金貨がまざっていた。女の子が色がちがうからこっそりお守りにしようと隠して持っていた。
「おかあさんに、あげる」
女の子が熱を出して、母親に隠していた金貨を渡した。金貨で薬草を手に入れ、その薬草売りは母娘をストラウク伯爵領へ幌馬車で運んだ。
薬草売りの商人は、妻と娘と金貨を1枚手に入れた。この金貨は、幸運の金貨とこの家族から呼ばれた。
ガルドはバーデルの都の財源が奴隷市場で、他は悲惨な状況なのをみて、モンテサントが遠征はせずに、パルタの都を守る事を何度も言い続けた理由を、実感として感じ取った。
「これで俺たちも、寄り道はできない。路銀が尽きる前に帰るぞ」
「いいえ、市場でガルドを売れば豪遊できます」
ソフィアはガルドの手を握って言った。ガルドが思いがけない行動をしたのには驚いたが、優しさを感じた。
(本当にガルドが王になったら、財政のやりくりに苦労しそうですけど、しかたありませんね)
もしあと数日、ガルドたちが滞在していれば、ソフィアは体調を崩していた。そして、盗賊のアジトに連れ込まれるのは美少女のエステルの姿のシャンリーではなく、ソフィアだった。
ガルドは路上に小銭と1枚の金貨をばらまいて、ソフィアに迫っていた凶運を回避した。
ガルドたちを追ってフェルベーク伯爵領からバーデルの都へ来た傭兵ザルレーと武器商人ヴァリアンは、闇市の露店で再会した。
「ザルレー、ちょうど良かった。護衛の仕事を引き受けてくれないか?」
ヴァリアンは幌馬車にフェルベーク伯爵の闘技場から持ち逃げしてきた武器や防具を闇市で相場の10倍以上で売って儲けようとしていた。
しかし、売るための在庫を積んだ幌馬車が盗賊に奪われたら困る。
そこで、バーデルの都に滞在中の飲食費とチャクラムを無料で提供してくれるなら護衛を引き受けるとザルレーは条件を出した。
「交渉成立だな。チャクラムが武器だとわかる客もめったにいないだろう。売れ残るよりかは、私のために使ってもらったほうがいい」
「なんか、そう聞くと損をしたような気分になります。ヴァリアン、逸物を飛んできたチャクラムで落とされないように気をつけて下さいね」
闇市で武器商人ヴァリアンは大金を儲けることに成功した。幌馬車は2回ほど夜襲を受けたが、翌朝にはチャクラムで切り落とされた盗賊の腕が幌馬車のそばに落ちていた。
「盗賊の腕を落とさなくても」
「その握ってるナイフは、いくらで売るつもりですか?」
武器商人ヴァリアンは、切り落とされていた盗賊の腕か握っていたナイフも闇市で売った。