混沌とした世界(前編)-6
息苦しさは体力を奪う。その分だけ疲れやすいので、フルプレートアーマは長時間の戦闘には向いていない。
重さではなく、動くほど体温が上昇して熱がこもり息苦しさから、じわじわと疲れが蓄積しやすいのが弱点といえる。
身体全体に重量を分散させるので、見た目の印象よりも重さは感じない。
頭と首周りを完全に覆う兜に、肩と腰をしっかりと覆う胴鎧。それだけではなく腕部も脚部も完全に金属製の装甲で覆われている。金属製でほぼ全身が覆われており、まさに鉄壁。
装甲で覆われている部分をロングソードで斬りつけてもびくともしない。斬撃は全く通用しない。
初戦のようにガントレットで強打すれば装着してほぼ密着しているために、打撃の衝撃は身体に伝わりやすい。
しかし初戦の時のように相手の攻撃を受けてはじき返すことは、片手剣ではなくモーニングスターの重い打撃は、丸盾やガントレットでも難しい。大剣で力を込めて受けても、相手は両手にモーニングスターを握っている。
連続で右腕と左腕の動きから打ち込まれるが、大剣で一撃は受け止めても、次の一撃が直撃する。
お互いにフルプレートアーマを装着してモーニングスターで殴り合えば、強打の衝撃で相手ダメージを与えながら、こもった熱に耐え抜く持久力の勝負になる。
衝撃に歪みやすい頭部や首を防御するバシネットや顔を防御するバイザーの部分を守りつつ、モーニングスターで打ち込み合う。
闘牛バロウは、ガルドがこの戦い方で挑んでくると予想していた。
「なんだあれは?」
観客たちの前にあらわれたガルドは、鎧を装着しておらず、両刃の巨大な戦斧を持っていた。
観客は見慣れない武器をガルドが持っていたので動揺していた。
倉庫の中で重量がありすぎて、誰も使えずに埃がかぶっていた大戦斧をガルドは見つけ出した時、勝利を確信した。
ガルドを見た闘牛バロウは激怒して、どもりながら殺すと叫んだ。
闘牛バロウは、ガルドが大戦斧の頑丈な柄が曲がるほどの一撃を、胴体めがけ凪ぎ払うように打ち込めるとは思っていなかった。もし払うとしたら持ち上がらないから脚だろうと考えていた。
それを避けてしまえば、次にガルドが攻撃する機会を与えず撲殺できる。
フルプレートアーマの膝部分の間接を軋ませ、闘牛バロウは素早く突っ込んでいく。なぜバロウが、闘牛と観客たちに呼ばれていたか。それはフルプレートアーマを装着した状態で、獰猛な興奮した牛のように素早く動く事が1度だけできるからだった。
猛牛バロウは、観客の期待通りに飛びかかった。足払いをかけてくるガルドの戦斧の通過するはずの高さの分は、跳躍力で浮いていた。
バロウは、モーニングスターを振り上げていた。打ち込まれてガルドの肉体が砕かれると、ソフィア以外の観客は思っていた。
「ぐはっ!」
ガルドの巨大な戦斧の刃の一閃が、フルプレートアーマのフォールズ、つまり腰の下あたりに食い込んでいた。
戦斧の長柄が曲がるがガルドはそのまま振り抜いて手を離した。
猛牛バロウは戦斧の両刃の刃が半分ほど刺さったまま、場外まで身体ごと飛ばされていた。
「勝者、ガルド!」
フルプレートアーマの頑丈さゆえに、腰のあたりで上半身と下半身で両断されて即死できずに、激痛で気絶しているバロウの無惨な状態を、審判が確認して勝者を宣言した。
「戦斧がなかったら、どうにもならなかったな。殴り合いだったら、急に飛びかかられて頭を潰されていた。なかなかいい動きだったが、手加減できなかった」
試合後、残念そうにガルドはソフィアに語っていた。ソフィアはガルドが勝利したので、賭けの報酬で大金を獲得した。
「ガルド、わざわざ優勝しなくても賭けの報酬で旅費は稼げました」
ガルドとソフィアは宿屋の豪華な一室を用意された。
しかし酒場で酒を呑んで、肉を頬ばるガルドにソフィアは言った。
ソフィアは、フェルベーク伯爵領が男性の同性愛者を推奨していることを試合直前に聞き出し、また美少年が好みであれば娼館へ行けば宿屋や酒場と同様に、勝利したガルドは金を払う必要がないと闘技場で説明されたことから、明日の早朝に、街から試合放棄して出ることにガルドも同意した。
しかし、ガルドは猛牛バロウを再起不能の重傷を負わせた。ガルドが試合放棄して街を出てしまえば、勝者の権利はバロウのものになる。つまり、バロウの意識があれば、引きずり出されて試合に挑まねばならないことになる。
ガルドはしかたなく、4試合目に参加することにした。ソフィアは、本当はガルドが大会に参加したら、優勝しなければ気が済まないと知っていたので、試合放棄させるのは諦めて、ガルドの勝利に観客として賭け続けることにした。
3日目に行われた8試合目が、大会の決勝戦だった。3日目の決勝戦を特別席から伯爵になりすましたギレスが、闘士ガルドの試合を観戦していた。
(倉庫に無い武器は使用禁止だったはずだが、初めて見る武器だな)
ガルドのように試合ごとに使ってみたい武器や防具を選んで、装着を毎回変える闘士はめずらしい。使い慣れた武器や防具で試合に挑むものが大半であった。
準決勝で勝利したガルドの対戦相手は、をチャクラムを使って戦っていた。
チャクラム。外側が刃になっているリングを指や腕などで回し、敵に飛ばして使う。相手を攻撃して叩き落とされない限り、使用者のところに戻ってくる。
弓矢よりも速く飛びまわる。
また戻って来ないように縦にして投げると、さらに威力と速さが増す。チェーンメイルに突き刺さる威力がある。右胸をチャクラムか突き刺され、さらに旋回してきた刃に首を浅く斬られた闘士が降参していた。
右手と左手で、それぞれ方向がちがう動きで2つの刃の輪が旋回してくる。
喉を深く斬り裂くことができるところを手加減されたのが、降参した闘士にははっきりとわかったのだろう。
「次の相手は、チャクラム使いだな」