レナードの覚醒(後編)-12
モンテサンドが地震を予想したので、パルタの都をまとめているガルドの仲間たちは、住人たちの避難場所にした衛兵たちの屯所へ集まっていた。
「ふむ、これが地震というものか」
騎士ガルドは生まれて初めての地震の感想を、モンテサンドに言った。
「やはり、この都は安定した地の上に作られているようです。またこの程度の揺れであれば、石造りの丈夫な建物が倒壊する心配はありません。翌朝になったら大井戸の水が涸れていないか、また水に濁りはないかを、すぐに確認しなければなりません」
モンテサンドの表情も緊張から解放されて、笑みが戻っていた。地震が起きると言われて半信半疑だった仲間たちだったが、言われた通りに深夜に揺れが始まると、全員でモンテサンドの顔をまじまじと見つめていた。
国境地域の街道沿いや王都トルネリカでは地震が起きるのがめずらしい。
双子の山が近いストラウク伯爵領やテスティーノ伯爵領では、たまに微弱な地震はあった。
しかし、王都トルネリカを中心に地震が起きたのはターレン王国では初めての事である。踊り子による鎮めの舞踏の儀式が行われなかった結果、蛇神の贄として貴族たちが全裸のままで倒壊した建物の下敷きになり、かなり死んだ。
「クハハハハッ、我は甦った!」
ランベール王の肉体を支配したのは、復活した教祖ヴァルハザードである。
「ああっ、貴方は私の王ではない……貴方は、誰?」
法務官レギーネが揺れている王の寝室の床に座り込み、震えた声で目覚めたヴァルハザードに声をかけた。
神聖教団の本拠地のハユウでは、真紅の流れ星を視た神官が悲鳴を上げていた。
霊視による星詠みの占術を行っていた女神官が、悲鳴を上げながら気絶した。
ランベール王の肉体に憑依して融合しつつあったローマン王の亡霊を滅ぼそうとした。ヴァルハザードの怨霊の力に自らの魔物化した力のすべてを吸収されるとしても、アーニャの亡霊はランベールの心を滅ぼしたローマンを許さなかった。
バーデルの都と王都トルネリカでは、この満月の夜の地震で、かなりの被害と犠牲者が発生した。
バーデルの都は以前に急いで復興させたので、建物は脆かった。遊郭は全焼するという被害が出た。
執政官ギレスとフェルベーク伯爵の関係に亀裂を入れたのは、この満月の夜の震災である。
バーデルの都の復興に対し、フェルベーク伯爵は資金援助を出し渋り、自領の制度改革に乗り出したことだった。
王都トルネリカでは市街地の壊滅的な倒壊により宮廷官僚の死傷者多数のため、宮廷議会が一時的に機能しなくなった。
そこで、今こそ伯爵の地位の自治権を行使する機会だと、フェルベーク伯爵は判断した。
執政官ギレスは伯爵ではない。自治権を持たない。王都復興を優先されて半年以上、バーデルの都は放置された。
その間は、フェルベーク伯爵の資金や物資の援助が、執政官ギレスという支配者にとっては頼みの綱だった。
しかしフェルベーク伯爵が、復興資金の援助や物資の援助を本来ならば、バーデルの都は執政官が置かれた国王の直轄領であるとして、ギレスが望んだ資金や物資の半分しか、フェルベーク伯爵は出資しなかった。予想した半分であれ物資や資金の援助を受けているので、フェルベーク伯爵にギレスは、あからさまに不満をぶつけるわけにもいかなかった。
バーデルの都で生き残った住人たちは、以前の時は復興のため、親衛隊によって強制的に働かされた者たちがいたのを知っていた。ギレスが再び同じような手段でバーデルの都を復興するのを警戒し、フェルベーク伯爵領へ逃亡した。
「ギレス、お前も裏切るのか!」
フェルベーク伯爵が対立する奴隷商人と貴族に暗殺された時、ギレスは刺客としてフェルベーク伯爵を刺し殺している。震災の後処理でバーデルの都の闇市を放任したとして、執政官の地位から失脚して行方不明となっていたギレスはフェルベーク伯爵を刺し殺し、同じ剣で喉を突き、そのままフェルベーク伯爵の寝室で自害している。
満月の夜、バーデルの都の遊郭では、豪遊している客たちは眠り込んでいるうちに、火災の煙を吸って意識を失った遊女と一緒に焼け死んだ。
奴隷市場の牢部屋は、奴隷の脱走防止のために頑丈に作られていたので倒壊しなかった。奴隷市場は、遊郭や賭博場よりも早く復興した。この震災後、奴隷市場でフェルベーク伯爵の意向で、少年も商品として取り扱われるようになった。
奴隷市場の客層が、王都の貴族からフェルベーク伯爵領の商人たちに変わったからである。
ストラウク伯爵が賢者マキシミリアンのダンジョンは訪れるたびに通路が変わるという仕組みを聞き、参考にして奇門遁甲の陣の迷路の仕掛けに組み込んだ。
シャンリーは自ら進むことも、後退することも止めて待った。
奇門遁甲の陣の迷路に踏み込んでしまった時には、カエル人は49匹いた。一匹でも迷路を抜け出せばそれをたどって、死地へ誘う呪術の結界をシャンリーは抜け出すことにした。
グギャア!
左腕を失った最後の一匹のカエル人が、満月の月明かりの下をスヤブ湖を目指して、よれよれと頼りない足取りで戻ろうとしていた。
仲間を失い、負傷しながら、レナードの元へたどり着けずに、奇門遁甲の陣から抜け出せたカエル人がスヤブ湖へ戻ればさらに仲間を引き連れてくる。
「そうはさせるか!」
カエル人は正面から駆け寄ってきたレナードに、唾を吐くように毒液を吐いた。
レナードは立ち止まらずに左手に握った半分の長さの木刀で打ち落とすことを思い浮かべ払うと、毒液は風に阻まれ四散した。
そのまま、右手のやはり半分の長さの木刀を、カエル人の頭上へ叩き込んだ。
ザイフェルトは無刀の格闘術だったが、レナードは両手で短めの木刀を使う二刀流の念の剣技を身につけた。
白目になり前のめりに倒れてゆくカエル人の脇をレナードは立ち止まらずに走り抜けた。
「よし、討伐完了!」