レナードの覚醒(中編)-3
マキシミリアンはそう言って、セレスティーヌに苦笑していた。
「僕らが神の駒なのか、それとも神が人の心にふりまわされているのか。セレスティーヌ、僕らはストラウク伯爵とここの土地の人たちがかかっている祟りの謎を解いて、レナードにかけられている呪詛を弱めていって回復させる役割を与えられたらしい。のんびりはできない。ゼルキス王国の結界が破られたら、離れた大陸の各地にも蛇神の厄災は波及する。結界が破れて障気の祟りにあてられると男性は虚脱するか、肉欲にとらわれるのがわかった。女性には影響は出ないのか気になるところではあるけど」
「マキシミリアン、蛇神の祟りを確かめたいから、何もしないでダンジョンにレナードを連れ帰るとは言わせないわ」
ストラウク伯爵は、マキシミリアン公爵夫妻の会話を聞いていて、マキシミリアンという人物が博学なだけではなく、世界の秘密を知りたいという思いが強い人物なのだとわかった。
「スヤブ湖に関する言い伝えの記録を調べてみれば、障気にあてられた女性がどうなるのかわかるかもしれませんな」
ストラウク伯爵は男性への影響は気にしていたが、蛇神の祟りが女性に与える影響については今まで考えなかったことに気がついた。
「セレスティーヌ、祟りを解くための調査であって蛇神が人の肉欲に関係する神だからといって、女性に与える影響が気になって調べるわけじゃないからね」
「マキシミリアン、辺境の森にひとりで行って来ればいいわ。そうしたら、実際に影響を受けた女性を間近で見ることもできるでしょう」
「ええっ、そんなことをして僕がレナードみたいになったら介護してくれる?」
「あら、しませんよ。だって自業自得ですもの」
マリカがマキシミリアンとセレスティーヌの会話を聞いていて、思わずクスクスと笑った。
「とても仲が良い御夫婦ですね。うらやましいです」
「ふふっ、私たちも喧嘩することもありますのよ」
セレスティーヌはそう言って微笑した。エルフ族でもセレスティーヌは上品な雰囲気と美貌の持ち主であり、賢者マキシミリアンのそばで彼女の見せる言動は、見る人に思いがけず親しみを感じさせ、さらに魅力を輝かせるのだった。
「伯爵様とスト様、ふたりともセレスティーヌ様に見惚れすぎだから」
「ですよね、アルテリスもそう思いますよね〜」
「うむ、そんなことはないぞ」
「アルテリス、兄者はともかく私はそんなことはないよ」
「あたいやマリカに気持ちを隠せると思ってるのかい。そういうのは、女の直感でわかるんだよ」
「あら、それを言ったらマキシミリアンはアルテリスに興味があるようですよ。特に可愛い耳やふさふさのしっぽが気になってしかたがないようです」
「公爵様、耳やしっぽにさわってもいいのは伯爵様か、あたいと喧嘩して勝てる人だけだよ」
「セレスティーヌ、もしアルテリスとダンジョンにいるオーグレスが手合わせしたら、どちらが勝つだろう?」
「わかりませんね」
「公爵様、オーグレスがダンジョンにいるの?」
マキシミリアンはアルテリスがオーグレスについて知っていることに驚いた。
「あたいがこっちに来る前のところではいろんな種族がいたよ。こっちには、人間ばっかりだけど」
魔物の種族と人間がまだ共存していた時代があったことを、マキシミリアンは知った。
なぜ魔物娘たちが滅びたのか。
「あたいはわからないけど、性悪女なら知ってるかも」
「性悪女?」
アルテリスはヘレーネが、前世では傾国の美女リィーレリアだったことや、一緒に旅についてきて、色恋の問題にアルテリスが巻き込まれることがあったことをマキシミリアンに話した。魔物娘のなかにはリィーレリアに惚れる娘もいた。
「バモスの火の神殿は女しか入れない国で、女どうしで恋をするのが普通だって聞いたよ。性悪女に惚れたオーグレスがあたいに喧嘩を売ってきたこともあったんだよね」
「オーグレスに昔の記憶があれば、アルテリスやリィーレリアのことを知っていたかもしれない。ダンジョンでオーグレスが召喚された時には、過去の記憶はなかった」
「あたいも、性悪女に会うまで、こっちに来る前のことは忘れてたよ。あたいに会ったら思い出すかもね」
マキシミリアンはダンジョンで召喚した魔物娘たちと、人間が理解しあって共存できたらいいと思っていることを、アルテリスに語った。
「オーグレスはともかく、人間を餌にする魔族なんかもいたからね。でも、人間と結婚する娘とかもいたよ」
「魔族?」
「サキュバスやヴァンパイア、あとヴァンパイアに血を吸われて魔族になった人間はヴァンピールって呼ばれてたよ。ヴァンパイアがヴァンピールを集めた街なんでいうのもあった。旅人が来ると油断させて仲間にしようとして血を吸おうと咬みついてくる。性悪女はヴァンパイアに拐われて、花嫁にされそうになったのを、あたいとオーグレスとサキュバスで助け出したこともあるよ。でも拐ったのはヴァンパイアじゃなくて、ヴァンピールだったんだ。助けに行ったら、性悪女はヴァンピールを手なずけて、ベッドで裸のまま、のんびり果物を食べながら、酒を飲んでたんだよ」
マキシミリアンは、魔獣や魔物娘ではない魔族という種族についての知識をアルテリスから聞いて知った。
「ヘレーネは今は子爵リーフェンシュタールと去年、結婚して子爵婦人としてリヒター伯爵領で暮らしていますよ。前世の記憶がどこまであるものなのか、私にはわかりかねます。私には前世の記憶がまったくない」
「エルフ族の中には前世の記憶を持つ者があらわれることがあります。前世の名前を思い出したり、読み書きがすぐにすらすらできる子がいて、前に覚えたと言い出すことがあります。記憶は断片的で前世で好きだった果物を思い出す子もいて、幼いうちに思い出すという話が多いですね」
子爵リーフェンシュタールは前世の女性の心と記憶を抱えて生きている。