妖国記-7
異界の魔物の出現や、前世の記憶を思い出す者が現れることだけではなく、大陸全体で起きている変化だと考え、ストラウク伯爵よりも先に行動していた人物がいる。
神聖教団より賢者の称号で呼ばれるゼルキス王国のマキシミリアン公爵である。
マキシミリアン公爵は、エルフ族の姫であるセレスティーヌとのあいだに、ミレイユという退魔師の素質を持つ娘をもうけている。
ニアキス丘陵のダンジョンは、すでに古代エルフ族による戦いによって姿を消した魔物を生成する。しかし、ダンジョンが作られる以前にも、ニアキス丘陵にはオーク族が存在していた。また、人間族やエルフ族ではない獣人族やドワーフ族も大陸には存在している。
古代に存在した魔物と呼ばれていたものが、条件が揃えば出現する。その条件についての情報は、長い時間をかけてダンジョンに蓄積されている。
賢者マキシミリアンは、愛娘のミレイユを聖騎士に育成した。
そして、次の退魔師として選んだのは、蛇神の錫杖に意識を残留していた異界からの帰還者である僧侶リーナだった。
退魔師というのは、もともとは蛇神ナーガなど神の領域のものを異界へ駆逐した古代エルフ族が起源といえる。
古代エルフ族の魔法技術は、世界樹による大結界で人間族との関係を絶ち、肉体と自意識を切り離す研究の果てに眠りについてしまい大部分が失われていった。その頃、魔獣なき平原地帯では小国が乱立した時代があった。戦乱を逃れ、流民を連れた者たちが大陸各地に新天地を求めて旅立った時代でもある。
その戦乱が終息し50年ほどは平原に王朝が成立していた。北方の山岳地帯で太守をしていた、のちの神聖教団の教祖ヴァルハザードは、北方の反乱軍討伐の実績が認められ、平原地帯へ招致された。
帝都に到着する直前、王朝の宮廷の権力争いの内乱が起きた。宮殿から避難していた皇后と皇子を擁して帝都に入洛したヴァルハザードは、皇后と密かに関係を持ち、帝都の内乱を制圧して帝国の実権を握った。帝都を制圧したが、各地の太守はこれを認めず10年間で次々と兵力を蓄え独立を宣言した。
ヴァルハザードは、歴代皇帝の墳墓を含め、各地の王族の墳墓から埋葬品を発掘した。傀儡であった皇帝を廃し、5歳の皇子を皇帝として擁立し、愛人の皇后と帝国の宰相の地位につき10年間、帝国の実権を握った。
ヴァルハザードは墓荒らしで埋葬品を奪っただけでなく、呪術を使用して政敵を殺害していた。また帝都の民衆を統治するために宗教の教祖となり利用したが、その宗教だけは群雄のひとりであるヴァルハザードが討たれた後も大陸各地へ広まっていった。
呪術や墓荒らしの反動で起きた怪異を祓うための法術を研究し、それを実践した女神官たちも退魔師であった。ヴァルハザード自身が不老不死を得ようとして魔獣化したので、逆賊討つべしと決起した群雄たちと女神官たちは手を組んだ。
ターレン王国で、退魔の剣技を受け継ぐカルヴィーノや子爵リーフェンシュタール以外にも、退魔師の素質を強く持つ豪傑がいる。オークと人間族のハンターの女性ルーシーとのあいだに異界で生まれ育った騎士ガルドである。
辺境で異界の扉を開くほどの淫行と虐殺を行ったにも関わらず、また亡霊に祟られて死ぬこともなく、パルタの都という祟りや呪いから身を守るには最適な地を占拠して滞在している。騎士ガルドには女伯爵シャンリーのような呪法の知識があるわけではない。感応力も獣人娘のアルテリスよりも低い。だが、強い魔力と強靭な肉体を持つ豪傑である。オークたちから受け継ぎ強化された旺盛な性欲ならば、穢れの影響下のストラウク伯爵領でも、領民の男性たちのように萎えることはないだろう。
ターレン王国で、最も穢れや祟りの影響を受けやすい場所と人物は誰か。
それは、元蛇神の都で神殿があったトルネリカの後宮。そして、呪法によって生きた亡者となっているランベール王であった。
辺境から地脈を踏むように作られた石畳が鱗、長くうねり王都トルネリカへ続く形状が蛇の道と呼ばれる街道は、神殿の跡地に建つ後宮へ蛇神のしもべどもを導いていく。
ランベール王には、教祖ヴィレームと同じ魔獣化が始まっていた。
生き血を啜るヴァンパイアへの変化。
ヴァンパイアと変化しつつあるランベール王、正確には亡者の先代のローマン王は、それまでは後宮の妻妾に対しての愛情はなかった。肉欲を解消する生きた人形ぐらいの認識しかなかった。
それが誰が餌として美味か、生き血を啜ることで魔力を奪取する快感がどれだけ強く得られる相手かという興味を持つようになった。
(チッ、この力がもう少し早く得られていれば、シャンリーの生き血を味わえたものを)
自ら危険だと判断してシャンリーを、王都から離れた伯爵領へ追いやった。しかし、ランベール王はシャンリーを犯しながら啜る生き血の魔力の味を思い浮かべると、胸が高鳴り、股間のモノは痛いほど張りつめて熱くそそり立つのだった。
相手から吸収した魔力を快感として感じるようになり、生き血の味わいに思わず射精する時の絶頂感は、甘く蕩けて癖になる。
ターレン王国の初代国王ファウストは、蛇神ナーガの祟りを鎮めるために生贄を捧げるのではなく、何ができるかを考え実行していった術師の王であった。
その術師の末裔であるランベール王が、蛇神ナーガの呪いによってヴァンパイアと化してしまったので、深く悲しむ亡霊は、もう肉体から愛したランベール王の自意識が消失したのを感じていた。
ローマン王を毒殺した罪をかぶり火炙りの刑に処されたメイドのアーニャの亡霊は、後宮の中で蠢く蛇神のしもべが、王に犯されながら生き血を啜られている寵姫にまとわりついて、さらに蝕んでゆくのを見つめていた。
妻妾たちは、王の寵愛を受けなければメイドにすぎない。態度や口には出さないが、王の寵姫に対する羨望や嫉妬が心に澱みのようにたまっていく。蛇神のしもべはその怨念を吸収し、寵姫の命をじわじわと蝕んでいく。