参謀官マルティナ-4
マルティナには、目に見えないが人の命を奪う魔物と戦い続けてきた神聖教団の歴史の知識がある。
マルティナはかつてニアキス丘陵で、魔物のしもべと初代ゼルキス王が戦ったという伝承だと理解した。
「マルティナよ。炎の槍は我が手にはない。だが、再び辺境で異変が起き始めているとして、我々も何が出現しようと初代ゼルキス王のように戦い、生き残らなければならぬ」
かつて、オーク族のメスは、蛇神のしもべに全身を覆われた凶暴な異形のものと成り果てた。
もしも戦うことがなく生き残る方法があるとすれば、ゼルキス王国やターレン王国のある世界を見捨て、異界へ生きたまま移住して避難することであろう。
ただし、人間族が数多く移住したあとで何が起きるのかは予測不可能である。
過去には移住のための異界を作ろうという計画が、神聖教団の教祖によって進められていた時期があった。
瞬間移動の魔法陣やダンジョンも、その計画から研究して生み出された仕掛けであった。
エルフ族は自分たちの暮らす領域を、世界樹の結界によって隔離することに成功している。それ以前の古代エルフ族は、襲撃してくる魔物のしもべと戦う方針を取っていた。
異界への移住。古代エルフ族の魔物を滅ぼす武器の入手。
そのどちらも現在では難しいとマルティナは神聖教団の神官として、レアンドロ王に説明した。
魔物を滅ぼす武器を手に入れるために、聖騎士の試練を神聖教団は行ってきた。だが、生還者は少なく異形のものが広範囲に多数出現した場合、どう考えても対抗するには、人員不足なのだった。
世界樹の代わりにダンジョンで大結界を作ることで、被害をゼルキス王国とターレン王国のみに抑え、大陸各地へ被害を拡大させずに浄化するという方法は、魔物のしもべをどれだけの期間にわたって封じ込めていられるか不明である。
また、現在ニアキス丘陵のダンジョン内で、結界が形成されることがあるのは確認されている。
疑似的に生成された魔物のしもべが、室内に結界を形成し、殺さない限りハンターが脱出できないことがあるという記録がハンターギルドにある。
結界を大陸西域に拡大するには、ゼルキス王国とターレン王国の住人全員をダンジョンに生贄として吸収させたとしても足りないと予測されている。大結界形成は、異形のものに住人が襲われて減少する前に実行しなければならず、実行すれば、ゼルキス王国とターレン王国が確実に壊滅する。
また平原地帯の国々を救うために、ゼルキス王国とターレン王国の全住人が喜んで犠牲になるはずもない。
大結界形成も対抗策としては、机上の空論であると、マルティナはレアンドロ王に説明した。
「過去にメスのオークに具現化して寄生し、凶暴化させた魔物のしもべが、現在のオーク族がいない状況では、具現化すれば人間族や獣人族に寄生することも予想されます。聖騎士であれば、魔物のしもべに寄生されることはないかもしれませんが、初代ゼルキス王のように祟られて、負傷する危険はあります」
「そうなると、魔物に対抗できるミレイユが回復するまでの時間稼ぎしか、我々はできなくなる」
「ターレン王国がゼルキス王国を侵略するために出兵すれば、辺境を越えてゼルキス王国に到達する前に、蛇神の祟りで半数以上は自滅して撤退する可能性があります。我々は国境で国内へ異形のものを侵入できないように、魔法の障壁を形成し、ターレン王国軍を迎え撃つ作戦を進言いたします。
さらに、ターレン王国軍の主力を国境で引きつけている間に、遊撃隊として騎士団が進軍し、ランベール王を討ち、王都トルネリカを陥落させる作戦を進言いたします」
「ターレン王国軍の主力部隊が撤退すると騎士団は、ターレン王国の守備兵と帰還する主力部隊に挟撃される危険があるのではないか?」
「敵部隊の規模が少なければ、森林側では帰還できないと思われます。また、事前に村を焼き討ちしたのは、その場所をターレン王国軍は野営地とする計画かと思われます。騎士団の遊撃隊はニアキス丘陵を横断して最速でターレン王国の王都トルネリカを目指します。王都が陥落すれば、ターレン王国軍は、異変の起きている森に潜伏するか、ニアキス丘陵に布陣するか、ゼルキス王国の国境を攻め続ける3選択することができません」
「ふふふ、マルティナよ。騎士団の遊撃隊がターレンの王都トルネリカを陥落できれば、ゼルキス王国軍が敗れてしまっても、このハーメルンの都の奪還はミレイユによって可能ということだな」
「私が軍師としてクリフトフ将軍と共に国境へ行きます。国境の魔法障壁の管理はお任せ下さい」
レアンドロ王は、クリフトフ将軍で全兵力を半分に分け、辺境で敵軍を迎え撃つ作戦を考えていた。
丘陵側と森林側で進軍する。どちらかで戦闘が開始されたら合流する。
敵も同様に兵力を分割して進軍していれば、それぞれで叩く。
国境を騎士団に防衛してもらうことで、ゼルキス王国への敵軍侵入を阻止する。
レアンドロ王の頭の中では、敵軍を撤退させ、痛み分けで戦を終わらせるつもりだった。
レアンドロ王は、マキシミリアンやミレイユが王位を継ぐだろうと、自分が戦死したあとを何も心配していない
ところが、辺境の森林側にこちらも進軍すれば異変に巻き込まれると、マルティナが進言してきた。
これでは作戦を変更せざる得ない。
もし撤退する敵軍が、森林側の異変を避け、ニアキス丘陵地帯に全軍を布陣させれば、こちらは正面から数で叩き潰す。
敵軍が挟み撃ちにするために兵力を分割すれば、こちらは各個撃破していけばよく、左右に大きく広がり包囲しようとしても、動きが大きい部隊を狙えば包囲は破れる。
先にゼルキス国境を攻めさせておいてから、敵軍が王都陥落の知らせを受け丘陵側に撤退したら、こちらが追撃する。
もし森林側に敵軍が逃げ込めば、こちらは深追いせずに国境へ戻るだけでいい。