ハナツバキ@-1
26歳で迎えた失恋は三流ドラマのようだった。
「好きな人の相談受けて告白もできなかった」
唐揚げ棒をつまみにパックのミルクティーを飲んでふてくされるあたし吉田椿。
「しょうがないねー、自分で選んだ道だからねー」
横で軽く慰めるのは同僚で親友の草野太一、通称ちくん。たいちくんの下3文字がその由来。
仕事帰りの男女が肩を並べるここは居酒屋でもなければお洒落なレストランでもない。
とあるスーパーの店頭。軒下にあるベンチは元々足腰の弱い老人客の為に用意された物で、夜は貧乏で暇な若者が社交場に利用する。
「普通失恋した女をこんなとこに連れてくる?」
「給料日前は仕方ないだろ。金さえあればマックにでも連れてってやるのになぁ」
「もっといいとこがいい」
「モスか」
「箸くらい使わせろ」
バカな会話を繰り広げながら唐揚げに食らいつく姿に色気など微塵も感じられない。それが多くの男達に友達止まりされる原因だという事は自分が一番分かってる。
「ならどうにかすれば?」
すごくよく言われるセリフにうんざりした。
「素でいさせてくれない男なんかお断りだね」
もっともらしい意見が結果的にハードルを上げている事も分かってる。
ちくんはふぅんと呟くと何気なく店内に目をやり、
「あれ、あの子…」
知り合いでもいたのか声を出した。
「友達?」
「いや、稲葉の彼女」
聞いた瞬間、振り返ってガラスに張り付く。
確かにすずちゃん。
ここで働いてるんだ。
それにしても…、つい自分と見比べてしまう。お互い黒の薄手のカーディガンを羽織り白のシャツと膝上のスカートといった似たような制服姿をしているのに、笑顔を振りまくすずちゃんはキラキラ眩しい。
あたしなんか板金工場独特の油と鉄の嫌な匂いを放ってるのに、指先だって黒い汚れが指紋にこびり付いて取れないし全体的に薄汚いし―
大きくため息をついて元の体勢に戻った。
「そう言えばちくんってすずちゃんの事知ってんの?」
「稲葉が写メ見せてくれた」
「はっ!?」
「目を輝かせて見せてくれたんだけど、あれは殺し屋と標的の図だな」
「へー…」
バカみたい。そんなにすずちゃんが好きなんだ。毎晩ベランダデートしてるクセに、会社にいる間くらい忘れなよ。
「しかしあの子可愛いな」
こいつもか!
「お前嫌い」
妬み100%の心の叫びはあっさり外界へ飛び出した。
「性格知らないんだから外見誉めるしかないだろ」
「いいけど!所詮ちくんもただの男だね。女は顔ってか」
嫌な言い方。
可愛くない女。
そりゃ彼氏もできないよ。分かってるけどひがみは止まらない。
「大体失恋原因を目の前で誉めないで。あたしがそれ聞いて素直に認めるほど大人に見える?」
どうせあたしは普通だよ!稲葉に惚れられる要素なんか持ち合わせてないよ!こっちは2年間も片思いしてたのに、何でいきなり出てきたあんな子に一目惚れしちゃうわけ!?
「椿ちゃんも可愛いよ」
「言わせたみたいですっごい嫌だけどもっと言って」
「可愛い可愛い」
「ちくんしか言ってくれない」
「俺じゃ不満?」
「ありがたいです、ちくんも格好いいよ」
「誉め合いかよ!気持ち悪っ」
くだらないやりとりで少し笑って、膝を抱えた。
「帰りたくないなぁ」
ため息と一緒に本音がこぼれ落ちた。
「稲葉がいるから?」
黙って頷く。