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この向こうの君へ
【片思い 恋愛小説】

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ハナツバキ@-2

同じ屋根の下で好きな人がデートしてるんだよ。そんな場所に一人でいなきゃいけないなんて絶対嫌だ。
「椿ちゃん」
「何」
「邪魔しに行くか」
「は?」
「あの2人の邪魔をするの」
「何を言い出すかと思えば…」
「マジで」
突然握られた手にドキドキする間も与えず強引に引っ張り出され、乗ってきたちくんの車に無理やり押し込まれた。
「あたし邪魔する気なんかない、稲葉が幸せならいいよ!」
「出た、マゾ発言」
「ちくん!」
あたしの意見なんか無視でエンジン音は響く。
「ねえ、もっと自分勝手になれば?椿ちゃんのそーゆうとこ好きだけど、泣きそうだよ」
「…っ、大きなお世話」
「それに失恋って言うほど行動した?いい年して告白もしないで態度にも示さないでさぁ、このまま大人しく引き下がるなんてつまんないじゃん」
このバカ男。
人の恋路を邪魔する女なんてあたしが絶対なりたくなくてずっと気付かないフリしてた考え。それをあっさり提案しやがって。
「今から稲葉んち行っちゃえばあいつデートできないぜ」
あたしの為みたいな言い方した割には自分が一番楽しそう。
「…一回だけね」
渋々引き受けるような顔をしてシートベルトを締めた。
素直に口に出せないけど本当は嬉しかった。久しぶりに誰かに心配されたからだろうか。
これから好きな人の邪魔をすると言うのに心はフワフワ浮き上がるあたしは、きっと相当嫌な女だ。

アパートに余分な駐車スペースはないので、少し手前に路駐して並んで歩いた。
「あいつ迷惑がるだろうなぁ」
稲葉の反応を予想してくっく笑う悪趣味男。
「あんたが邪魔したいだけじゃないの?」
「違うって」
「まぁいいけど。あとさ、あんま女に好きとか簡単に言わない方がいいよ」
「うん?」
「さっきあたしに言ったじゃん。本気にされたらどうすんの」
「いいよ、本気にして」
「…………へ?」
あたしの反応を見てふっと笑うとまた前を見て歩き出す。
冗談だよね。そう自分に言い聞かせた。これだから告白慣れしてない女は…っ、親友の一言に全身異常反応を起こすなんて―――
「あ、稲葉の彼女」
一瞬で眉間にしわが寄った。
突如出てきたその呼び名はやはりカチンとくる。
視線の先ではすずちゃんが男ともめていた。
あの男、稲葉達がくっつくキッカケを作ったすずちゃんの元彼じゃん。
まだちゃんと切れてないの?稲葉は知ってるの?いい加減な気持ちで付き合わないでよ…っ
「俺、助けてくる」
言ったちくんの手を掴んだ。
「椿ちゃん?」
助ける必要ない。あの子は付き合う前から稲葉を傷付けた。だから困ればいい、痛い目に合えばいいんだ、そしたら…
…稲葉、悲しむかな。
掴んでいた手を離す。泣くのをギュッとこらえた。
あたし最低。
稲葉に好かれるすずちゃんが羨ましくて何であたしじゃないのって思ってた。
当たり前だ、こんな女が好かれるわけない。
「助げてあげで…」
情けない涙声。


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