ミライサイセイ act.2 『不安定な球体』-5
「何、どういうこと。会ってないの?あやと」
段々と僕の語気が強まっていくのが分かる。けれど抑えられない。抑える必要なんて無い。大地、僕はお前だからあやを引き止めなかったんだ。お前になら任せられると思ったから。
「もっと時間を掛けて話をしよう。そうだな、明日は空いているか?」大地はトーンを下げて言った。そして場所と時間を指定し、三年ぶりの再会を約束する。
「それじゃあ、また明日」僕が言う。
「その前に、ひとつ聞かせてくれ」大地は電話の向こうで、深呼吸をした。
「あやを見て、どう思った」
素直に答える。「別に何も変わらないよ。あの頃のままだ」
「お前の気持ちも、か」
あまりの真剣な声色に僕は考える。答えは探すまでも無い。
「あぁ、僕の気持ちも変わらない。きっと死ぬまで変わらない。僕が、違う誰かと結婚しても、あやへの想いは変わらないだろう」
「そうか、安心した。また明日な」
いまいち大地の意図が掴めなかったが、明日話を聞けばいい。ミクの部屋から着替えを用意して、病院へと向かった。
ノックをすると、ミクと看護婦の声がした。
「おかえりなさい、あきら」
「ただいま、ミク」
まるで新婚のような遣り取りを見て、看護婦も言った。「おかえりなさい、あきら」
どう答えていいか分からすに、僕は一歩後ずさる。
「わたしのあきらをとらないで下さい」笑いながらミクは看護婦を叩いていた。
「はい、着替え」
「あ、ありがとうございます」
僕は室内を見回す。
「あやさんなら帰りましたよ。また明日来ますって」
「そう」言って僕は、椅子に腰を下ろした。
「それじゃ、あとは若いお二人さんで」看護婦はウインクをして、なぜか、したり顔で去っていく。どう見ても、彼女だって二十代だろうに。
「聞いていいかしら」
「うん?」
「あやさんのこと」
ミクは、真っ直ぐに僕の目を見つめた。
「うん。何度か話したことがあったと思う。高校時代に付き合っていた、あのあやだ」
「やっぱりそうなの」
「気になる?」
「当たり前です」
僕は誰が持ってきたのか、見舞い品の果物の盛り合わせから林檎をひとつ取り出した。
「あやさん、色々聞いてきましたよ。今のあきらのこと」
「そう」
僕は林檎の表面をなぞる。赤の球体を掌で転がす。
「とても気になるみたい。もしかしたらまだ・・」
「もう終わったんだよ、ミク」僕とあやは、もう終わったんだ。
僕は立ち上がり、ミクの両肩を抱いた。
そして君と出会った。いくら僕があやを愛していようと、どんなにあやが僕を気に掛けていようと、それは変えようの無い事実だから。
不安だろう。
怖いだろう。
だから僕は耳元で囁いた。「愛してるよ」
あぁ、呻き声にも似つかない声をだして、ミクの肩から力が抜けた。
「やっぱり私には貴方しかいない。貴方に愛されると、どうしようもなく幸せなの」
彼女の顔を、僕の胸にうずめさせる。
僕の手から、林檎が滑り落ちた。落下し、転がっていく球体。不安定な、その形。
「さっきの薬のことなんですけど」空気を読まずに看護婦が入ってきた。
「あ」
「あ」
「あ」
三人から同じような声が漏れた。
「すいません・・・何せ若いもので」僕は言った。
「良いですねぇ。若いって」どう見ても二十代の看護婦は、しみじみと返した。