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ミライサイセイ
【悲恋 恋愛小説】

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ミライサイセイ act.2 『不安定な球体』-6

大学に近い喫茶店で僕らは待ち合わせた。『la grande』ラグランデというその響きはスペイン語だろうか。落ち着いた雰囲気があり、クラシックの音楽が控えめに流されている。店内にはコーヒーの香りが漂い、誘われるように新規顧客が来店する。僕は約束の十分前に来てブレンドを注文した。暫くしてマスターが注文の品を持ってくる。ひとくち、うん美味い。僕の直ぐ後に来店した男性は、座るなり本を取り出して読み耽っている。どうやら、注文したコーヒーは、アルバイトの女性が淹れているようだ。ぎこちなくコーヒーを運ぶ様が、なんとも微笑ましい。初めて淹れたのだろうか、彼が飲む様子をカウンターの物陰からチラチラと盗み見ている。男性は本に夢中だ。
カランカラン
入ってきたのは、大地だった。
僕を見つけるなり、よ、と右手を上げる。
「なかなか、雰囲気の良い店だな。さすがあきらのお薦めだ」
「他人には教えるなよ。込んでると入りづらくなる」
大地はモカを注文し、腰を落ち着けた。
さて、
ふーと溜め息をつく。「三年ぶりだ。あきら。元気にしていたか」
「あぁ、そっちこそ。いや、訂正。お前は雑誌で良く見るよ」
「そうか?そんなに載ってないぞ」
「幅跳び大学生ランク二位が謙遜すると嫌味だぞ」
「そうだな。この前、五輪の話まで出ちまったよ。驚いた」
大げさに両手を広げ、やれやれといったポーズをとる。
「どこまで跳ぶつもりだよ、お前は」
「ちょいと世界まで、かな」
あながち否定できないところが、大地の凄いところだ。
「まぁ、でも上には上がいるさ。レベルが上がれば痛感する」
マスターが良い香りを運んできた。
おぉ、美味いな。ひとくち飲んで少し大きめの声で言った。カウンターまで聞こえるか聞こえないかの匙加減。きっと聞こえている。そこら辺の気の利き方も一流だ。
でも少し声が大きすぎたようで、近くにいた男性が驚いて本を落とした。掛けられていたカバーがずれ、タイトルが読み取れた。「マディソン郡の橋」聞いたことのない小説だった。
「最近は陸上ばかりさ。正直、楽しくはないね。だから止めようかと思っている」
軽く口にする内容は、もし近くにマスコミがいれば大スクープになってしまう響きだ。
「冗談だろ」
「俺は冗談を言わない性質だ。知っているだろ」
「どうしてさ」
「理由なんて無いよ。つまらなくなったから止める。それだけの話さ。そもそも俺が跳躍を始めたのは、そんなに高尚な理由からじゃない。知っているだろ?」
僕は、大地に何一つ適わない。
けれどその大地でさえ、何一つ越えられない存在があった。
それは僕の兄だ。みつひさ兄さん。
『天才とは九十九パーセントの努力と一パーセントの才能だ』、と言った誰かは、きっと天才なんかじゃない。もしくは、その人は『努力する』という点でのみ天才だったのだろう。
実の天才とは、生まれながらにして疑うべくも無い才能を持ち合わせていた。
学校の試験では常に校内一位を取り続け、部活でサッカーをしていた僕よりもボールの扱いが上手く、跳躍力に長けた大地よりも遠く、高く飛んだ。
大地は、跳び続けた。彼にとって、兄を越えられる可能性を持ったものが、それしかなかったのだ。
「俺は今も、あの人の背中を見ながら跳んでいる。きっとそれは競技にしなくても、出来ることなんだ。見知らぬ他人と競う必要は無い。ただ、それだけだよ」
全てのことを高次元でこなしながら、その事実に驕らない兄。
大地に限らず、それは憧れる対象になる。
完璧な人間像に、親だけでなく関わったものたちは皆、みつひさ兄さんの行く末を想像した。
それは万華鏡をからり、と廻すように。
多彩な未来に溢れていた。


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