算数の宿題-2
「おにーぃちゃん」
廊下の左右をきょろきょろと見渡す俺の耳に、外開きのドアの裏からしのちゃんの声が聞こえる。廊下に出てドアの裏を見ると、ドアに隠れるようにしてちょっと前かがみ気味に立っている、白地に黒いドット模様のノースリーブシャツにダークグレーのキュロットスカート姿のしのちゃんがいた。
「えへへー、あせった?」
黄色い通学帽をかぶった頭を揺らしてしのちゃんが笑う。
「あせったよ、チャイム鳴ったのに誰もいないし……」
がちゃがちゃっ、とランドセルを揺らしながら、小走りで俺の横をすり抜けるようにしてしのちゃんが玄関に入る。人の話、聞いちゃいねぇ。
「お兄ちゃん、手を洗うから、洗面台使うね」
玄関のすぐ脇の脱衣所からしのちゃんの声がし、それに蛇口から水が流れる音が続く。俺は玄関ドアを閉め、しのちゃんが脱いだサーモンピンクのスニーカーを手に取って匂いを嗅いだ。前回はそんな余裕もなくて嗅ぎそびれた、しのちゃんの足の皮脂や汗が蒸れた匂い。さっき一旦落ち着かせた勃起が蘇ってくる。いかん、落ち着け俺。
スニーカーを揃えて並べた俺が腰を上げるのと、手を洗い終わったしのちゃんが脱衣所から出てくるのがほぼ同時だった。俺を見上げてにへー、と笑うしのちゃんの背中を手で軽く押しながら、二人で部屋の奥に入っていく。DKと寝室の間にあったアコーディオンカーテンを取っ払って―大家さん了承済みだ―十五畳くらいの一部屋にしたスペースのいちばん奥まで進んだしのちゃんは、こないだと同じようにちょこん、とベッドに腰を下ろした。通学帽をかぶり、ランドセルを背負った小学2年生のしのちゃんが俺の部屋のベッドに腰掛けている。それもしのちゃんは俺の「こいびと」だ。俺にとって何重もの意味で理想的なこのシチュエーション。彼女が欲しい、幼女と親しくなりたい、そして仲良くなった女の子をここに迎え入れたい。そう願いながら虚しくオナニーばかりしていたこの部屋で実現した、まさに夢のような光景だ。
「あ、言いわすれてた。おじゃまします」
しのちゃんがぴょこ、と頭を下げる。
「いえいえ、ようこそいらっしゃいました」
俺もおどけて頭を下げた。顔を上げると、同じタイミングで顔を上げたしのちゃんと目が合う。くしゃっ、と笑うしのちゃんの顔を見て、俺の頬も緩む。ああ、幸せだ。
「しのちゃん、なにか飲む?Qooとかあるけど」
「やったー、Qooだいすきー。なに味?」
両手を上げてバンザイみたいにしながらしのちゃんが言う。ノースリーブの腕と肩の下の腋、まだ腋毛の気配もないすべすべした8歳の両腋が露わになる。
「う、うん、みかん味とりんご味、両方あるよ」
変にどもったのは、すべすべの腋が目に入った瞬間、夏休み直前のこの季節に一日学校で過ごしたばかりの小2のしのちゃんの腋臭を嗅ぎたい、という欲望にかられたからだ。しのちゃんの腋に鼻を押し当てて、まだ肉が薄い腋窩の中で熟成された汗と学童期の幼女独特のまだ甘さの薄い体臭が混じった腋臭を思いっきり吸い込む。いやだから俺、満たされたシチュエーションだからって妄想が過ぎるぞ。
みかん味がいいー、というしのちゃんの声を背に、俺はキッチンの冷蔵庫を開けてオレンジ色のペットボトルと飲みかけのアイスコーヒーを取り出した。冷蔵庫からの冷気が顔に当たる。そうだ落ち着け、今後しのちゃんがちょいちょいうちに来ることになるかもしれないし、そのたんびに妄想を膨らませていたらもたないぞ俺。
部屋に戻ると、しのちゃんはランドセルを足の左側の床に降ろし、脱いだ通学帽をその上に乗せていた。俺はしのちゃんと横並びになるようにベッドに座り、しのちゃんにQooをはい、と差し出した。ありがとー、と受け取ったしのちゃんは、あごをちょっと上げてこきゅ、こきゅとオレンジ色のQooを喉に流し込む。しのちゃんの前首の胸鎖乳突筋が嚥下に連れて動くのがかわいい。