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レモネードは色褪せない
【ラブコメ 官能小説】

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氷菓の口溶け-1




 七瀬アイは、約束の時間よりも少し早く待ち合わせ場所にあらわれた。フリルの付いたブラウスにショート丈パンツという格好は、昨日とは違う彼女の一面を演出していて文句なしに可愛い。今日の彼女がA面なら、昨日の彼女はB面というふうになるのか。
 ふと、デートの妄想をしてみる。彼女は試着室の前でファッションショーの真似をして、どんな服が似合うか僕にたずねるんだ。リアクションに乏しい僕のことだ、きっと彼女をがっかりさせるに違いないのだけど、へこたれずに良き理解者としてずっとそばに居てあげたいと僕は密かに思う。
「急に呼び出したりしてすみませんでした。迷惑じゃなかったですか?」
 A面の七瀬アイが表情を曇らせる。
「全然。ちょうど暇してたところだし」
 迷惑だなんてとんでもない。今の気分は有頂天を突き抜けて変なテンションにさえなっているのだから。僕は自然体を意識するどころか不自然に振る舞っていた。
 駅前の土産物店に併設されたいわゆるイートインスペースに僕らは居た。地元の人が地元のお土産を買うことは少ないけど、灯台もと暗し、ここに隠れた絶品グルメがあるのを僕は知っている。わらび餅やら白玉団子のどっさり乗った抹茶パフェだ。
 注文した品がはこばれてくる前に、僕は彼女を問い詰めることにした。
「僕の顔に落書きしたの、七瀬だよね?」
「ピンポーン」
「それじゃあ眠っていたのも演技?」
「うーんと、あんまりおぼえてません」
「反省しないの?」
「だって、あたしのおかげで寝過ごさずに済んだでしょ?」
「まあそうだけど、あんな顔で町の中を歩いてたら完全に危ない人だよ」
「あたしの可愛い顔に免じて、許してくださいな」
「自分で言うかな」
 カウンター席に置かれた水を飲みながら、お返しに今度は七瀬アイの顔に落書きしてやろうかなと僕は考えていた。正直、見ているだけでキスしたくなる唇だ。残念ながらそこに落書きをする隙は見当たらなかった。
「お待たせしました。こちらが抹茶パフェになります」
 和菓子のオンパレードのようなパフェが僕らの前に並んだ。抹茶アイス、大納言小豆の粒餡、わらび餅、白玉団子、きな粉、黒蜜などが見映えよく盛り付けられている。
「うまっ」
 僕はアイスと粒餡をスプーンですくって豪快に口へ放り込んだ。冷たいものが苦手な七瀬アイはスマートフォンで撮影してからちびちび食べている。苦手なら別なのにすればと言ったけど、彼女の意思は固かった。
「おいしい。やっぱりイツキ先輩と食べてるからおいしいのかな」
「まさか。誰と食べてもおいしいだろ」
「違うと思います。一緒に食べてくれる人が変われば味覚も変わるんです。それくらい女心は複雑なんですから」
 どうやら僕の存在が彼女の味覚に影響しているのはほんとうらしかった。あんなに苦手だと言っていた氷菓をぺろりと平らげると、彼女は備え付けのナプキンで口を拭い、それから熱っぽい目をして僕のことを見つめてくる。
「どうかした?」
 僕は努めて冷静に訊いたものの、彼女の目のまわりが紅潮してきているのに気付いて、何か余計なことをしゃべっただろうかと複雑な女心とやらを理解しようとしたけど無理だった。
「あたしがイツキ先輩を呼び出した理由、訊かないんですか?」
 そういえばまだ訊いていなかった。あの時、海の見渡せる丘に居た僕にかかってきた電話で彼女はこう言っていた。話したいことがあるから会って欲しい、と。
「大事な話があるんだったね」
 いつかの学生時代に戻ったような高揚感が胸の内側を揺さぶっていた。さっき食べたばかりの白玉団子や抹茶アイスは無事に消化されたようだけど、彼女に対する気持ちが込み上げてきて口の中がやたらめったら檸檬の味だ。
「あたし……」
 甘い味覚に支配されていたいのに、ひんやりとした口溶けの余韻にも浸りたいのに、初恋の象徴とも言うべき檸檬の酸味が頬の裏側を否が応にも刺激する。
「あたし、タイムカプセルの中から来たんです」
 彼女は真顔で、あるいはミステリアスな雰囲気を放ちながらそう言った。テーブルの上の器に付着した結露が滴り落ちるのと同じで、僕はこめかみから汗がひとすじ流れ落ちるのを確かに感じた。

 


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