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レモネードは色褪せない
【ラブコメ 官能小説】

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女神のささやき-1




 小さな謎が解けそうな予感がしていた。僕がなぜ降りるべき駅の直前で目覚めることができたのか、その理由をずっと探していたのだ。
 偶然ではなく、おそらく誰かに起こされたと考えるのがいちばん自然だし、その鍵を握っているであろう人物に目星がついているのなら、本人に訊くのがセオリーだと思う。
 でも、どんなふうに訊けばいいだろう。ただでさえ人見知りする性格の僕だ。女の子に話しかけるなんて、絶叫アトラクションに乗るのと同じくらい怖いというのに。
 断っておくけど、列車の中で声をかけたのはカウントには入らない。あの時は彼女のほうも眠っていたし、ほとんど僕の独り言みたいな感じで会話を交わしたわけではないから、まだ絶叫アトラクション待ちの列にさえ並んでいなかった。
「あの……」
 どきりとした。気付けばすぐ目の前に先ほどの女の子が立っていて、上目使いに僕の顔をのぞき込んでいた。ホームには僕たち二人きりで、海から吹く潮風に混じって甘い匂いがふんわりと寄せてくる。
「なに?」
 僕は目を逸らしつつ訊いた。眩しくて彼女の視線を正面から受け止めることができない。もちろん彼女自身がかがやいているのではなく、彼女の内面に潜む濁りのないものが瞳の奥から溢れ出していて、いや、やっぱり外見もかがやいているから直視できないでいる。
「これ、あたしの座席の下に落ちてましたけど、あなたのですよね?」
 そう言って彼女が右手を差し出す。そこには見覚えのあるペットボトルが握られていた。繊細な指と、透き通った爪がとても綺麗だ。
「そういえば忘れてた。確かに僕のです。わざわざ届けてくれてありがとう」
 僕はとぼけてみせる。
「いいえ、お礼なんて要りません。そんなことより、あなたは正直な人ですね」
「えっ?」
「ご褒美として、こちらの金のジュースと、銀のジュースを差し上げます」
「ご褒美?」
 何が何だかわからないまま、僕は彼女から二本のジュースを受け取る。まさか、金の斧と銀の斧を授ける泉の女神のつもりでこんな冗談を言っているのだろうか。不本意ながら少しだけ彼女という人間を疑ってしまった。
「どうもありがとう。でもこれ、ただのラムネにしか見えないんだけど」
 僕は見たまんまの感想を述べた。彼女がくれたのは何の変哲もない瓶入りのラムネジュースだった。容器の口の部分にビー玉が詰まっていて、青い瓶から透けて見える世界はまるで深海みたいに神秘に満ちていた。
「ラムネは嫌いですか?」
「いや、嫌いじゃないよ」
「そうですか。なら良かった」
「でも、二本も飲んだらお腹いっぱいになるかな。だから一本だけでいいや」
 はい、と言って僕は片方のラムネを彼女に返品し、残りの一本を自分のリュックサックのポケットにしまった。行きがかり上、何かお返しをしなければと思った。
「君、この町の子なの?」
「ナンパならほかの人を誘ってください」
「じゃなくて、ほら、忘れ物を届けてくれた上にラムネももらったし、君にお礼をしなきゃと思って」
「さっきも言いましたけど、お礼は要りません。でも、あなたがどうしてもと言うのなら付き合ってあげてもいいですよ」
 なかなか手強いな。とんだ泉の女神様だ。僕は心の中でお手上げのポーズをして、とりあえず名乗ることにした。
「僕、この町に住んでるんだ。名前はイツキ。速川イツキ」
「あ、やっぱりナンパだった」
「そうじゃないんだけど、まあいいや。とにかく何かおごるよ。これから時間ある?」
「あたし、ナンパされるのって初めて。何だか照れちゃうなあ」
 この子、ナンパされて嬉しいのかな。それに人の話をまったく聞いていない。まあ可愛いから許せるけど、僕はどう接したらいいのかわからず頭を抱える仕草をした。
 そんな情けない男の横で、ワンピースの似合う彼女は唐突に、何の断りもなしに自己紹介を始める。
「あたしは七瀬アイです。血液型はAB型で、年齢は二十一歳、右利き、魚座、特技はお料理とお菓子作り、好きな季節は夏。ふつつかものですがよろしくお願いします、イツキ先輩」
 おそらく謎は解けた、かもしれない。風向きが山側からの吹き下ろしに変わり、若草の匂いが僕の鼻先と彼女の長い髪を撫でて吹き抜けていった。夏が近い。


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