家族旅行での出来事 同窓会タイム 1-8
「で、その話の中で出てきたの。夢見る乙女がね。」
「そういうことね。なら、許してあげる。
そう。だからわたしは……。あばずれ女から夢見る乙女へと変わっちゃったわけ。」
「えっ?じゃあ、それからは匠君一筋ってこと?」
「そうね。信じてもらえないだろうけど……。」
「いや。ボクが保証するよ。綾乃はボクと一緒に生活を始めてからというもの、
本当にボク一筋なのさ。」
「匠君がそう言うなら、それが一番確かだわ。」
香澄が簡単に納得したのを見て、綾乃が済まなさそうに言った。
「でも、それって、香澄にちゃんと断っていないでしょ?」
「わたしに断る?あ、それで綾乃は、わたしに何か遠慮してるっていうこと?」
「今朝も、雅和さんと香澄が、わたしを歓迎してくれるって言われて……。
正直、うれしかったし、わだかまりを忘れちゃうほど興奮しちゃったし、
言い訳できないくらいに感じちゃったんだけど……。
心のどこかでは香澄に済まないなって……。」
「ねえ、綾乃。それって……。」
「うん。酷いよね。ごめんね。」
「ううん。そうじゃなくって……。
勿体ないじゃん。」
「勿体ない?」
「うん。だって、夢中になれなかったっていうことでしょ?
もっと気持ちよくなれたはずなのに、
心にわだかまりがあって、
その行為に没頭できなくって、
十分に楽しみ切れなかったっていうことでしょ?」
「う〜ん。でも、さっきのはさっきので、十分に感じたし、刺激的だったわ。」
「でも、匠君とわたしに対する遠慮みたいなものがなければ、
きっと、もっと気持ちよくなれたんじゃない?
もっともっと楽しめたんじゃない?」
「香澄。あなた、怒ってないの?」
「ほらね。だからそれがもったいなかったでしょって言ってるの。
わたしに遠慮して、100%楽しめなかったっていうことでしょ?
でも、綾乃が拘っているのって、過去のことだよ。
今更どうする?
わたしと匠君が20数年ぶりに会って、あの頃と思いが変わらなくって、
やり直したいなって思ったとして……。
そうよね、やり直すことはできるかもしれないわ。
でも、それで本当に取り戻せる?」
「香澄。だからごめんって……。」
「ううん。そうじゃないの。
やり直すっていうことは、今までの20数年の歴史を全部なく無くす言うことよ。
綾乃と匠君との20数年の歴史。
わたしが雅和や娘と作ってきた20数年の歴史。
それをすべて否定して、無くすことなのよ。」
「…………。」
「わたし、夫と一緒に過ごしてきた時間や、
夫と一緒に経験してきたこと、
すべてを無にすることなんてできないわ。
綾乃が拘っているのって、そういうことじゃない?
許すとか許さないとかじゃなくって……。」
「…………香澄……。」
「だってさ……。いまさらどうこう、でもないでしょ?
匠君だって、いまさらどうこうって言うつもりは全くないと思うわ。
違うのかしら……。」
「確かにね。ボクは綾乃と一緒になって、一度も後悔したことはない。
それに、香澄のことだって、何度か思い出したことはあるが、
それはあくまでも、高校時代の懐かしい思い出としてだけだ。
ただ、香澄に会えると判った時は、正直興奮した。
そのことを綾乃から教えられただけで、
ボクは自分自身の興奮を抑えることができなかったよ。
そして実際にこうやって香澄と会ってみれば……。
抱きたいという感情以外にも、
懐かしさと愛おしさと後悔と……。
いろいろな感情が巻き起こってくるのは事実だけどね。」
「ええ。それはわたしだっておんなじよ。
ううん。もしかしたらわたしの方が、あの時に戻れたらって……。
そんな風に思っているかもしれないわ。」
「香澄……。」
「でもね……。戻りたくても戻れないものね。
頑張ればなんとかなるっていうことだったら、わたし……。
何とかしようと、頑張ると思うんだけど……。
でも、頑張っても努力しても、過去って、昔のことって、
もうどうにもならないんだよね。」
「香澄……。」
「でも、どうにもならないことに心を囚われて、何もできなくなっちゃうのって、
時間の無駄だと思うんだ。
ううん。この頃ね。そう思うように……そう思えるようになったの。」
「わたし、今でも……う〜ん。違うかなあ。
どういったら一番自分の気持ちに正直か、よくわからないんだけど……。
今でも、匠君のこと、好きよ。
もしかしたらうちの人のことより好きかもしれない。
でもね……。
今だから、なのかなあ。今になったから、なのかなあ。
ずっとずっと、大好きだったけど、
好きで好きでたまらないから、大嫌いになった時期もあったの。」
「香澄……。」
「雅和……。わたしの夫はね。
こんなわたしを受け入れて……。愛してきてくれた。
いろいろあったわ。わたしにも……。
でも、なんだかんだ言いながらも、
ずっとわたしを理解して、いつでもわたしを受け入れてくれたの。
あんな人は、きっと、いないんだと思う。
わたしにとってはかけがえのない、唯一無二の人なの。」
「香澄……。」
「匠君にとっても……。綾乃は、きっとそういう人なのよ。
昔は……。わたしを忘れるために、なんていう時期も、
もしかしたらあったのかもしれないけれど、
綾乃は、そんなものをすべて飲み込んで、匠君のことを愛してきたんだと思うわ。
それがすべてじゃないのかしら。」