『真夏の遊戯 side:B』-2
俺んちの隣に住んでいる幼馴染の葵だった。
付き合いはかれこれ生まれる以前からか?
俺らがかーちゃんの腹の中にいるときからだもんな。
その葵は泣きそうな顔をしている。
「一人でどうした?お前のツレはどこだよ?」
葵は答えず、両手で顔を覆った。
「お、おい。待て。人目につく…」
声は出してないが、泣いているのがわかる。
「こっちこい」
仕方がないのでもと居た茂みのむこうに連れていった。
「何があったわけ?」
俺はシャツの裾で葵の顔を拭いてやった。
昔っからの泣き虫はまだ治ってない。
同い年だか、妹みたいなモンだ。
葵が漏らしたションベンの世話までしたことがある。もちろん、幼少の頃の話だが。
「オバケ怖くてツレほっぽって逃げてきたか?」
ぶんぶんと頭を振る。
ぐっと唇をかんで何も言わない。
「まぁ…、いいたくないならいいけど」
どん、と木にもたれた。
「次、誰かきたら一緒に連れてってもらえや。お邪魔かもしんねーけど」
「…ここいちゃ、ダメ…?」
やっと喋った。
「ダメじゃないけどさ」
「じゃ、いる」
俺の隣にきてちょこんと並んで座った。
「ナニ?お前、オバケやる?」
「や」
……。
2本目の煙草を吸った。
「…神楽ちゃん、タバコ吸うんだ…」
「悪い?まぁ…悪いわな」
「別にいいよ…」
そういえば葵とこんな近くで話すのは久しぶりのような気がする。
多分…、あの時以来。
中学2年のある日、葵は近所の公園で男にいたずらをされた。
偶然、部活帰りに通りがかった俺が気づいてなんとか未遂ですんだが、半裸の葵の姿を見て、はらわたが煮え繰り返りそうになったのをまだ覚えている。
その変質者を殺してやりたいほど殴った。
近くの人が通報をしてくれたのでそれはなかったが。
それよりももっとショックだったのは、助け起こそうとした俺の手をはねのけた葵のことだった。
その目は酷く怯えていた―。
あれから3年の月日がたっていたが、葵の傷はまだ癒えていないようだ。
さっき、起こそうとした俺の手を拒否した。
葵はあれ以来、軽い男性恐怖症になっていた。
長年の幼馴染の俺でさえも避けられた。
だから、こうして話せるようになったのは、しかも葵のほうから近づいて…、喜ばしいことだと思った。
「あた…しねほんとはイヤだったの…。肝だめし」
ぽつり、と話し始めた。
「でも、このまんまじゃ…、ずっと弱いままだし…、変わらなきゃいけないと思ったの」
男女ペアになることに抵抗があったのだろう。
「…逃げちゃった…。怖かったのオバケじゃなくて…」
うずくまって膝に顔をうずめた。
俺は葵の頭にポンと手をのせた。
「踏み出しただけでも、すげぇとおもうよ。あとは気持ちが追いつけばいいだけじゃん」
葵が顔を上げて俺を見た。
「…なんて、簡単に言ったな。すまん」
知ったような口を利いてしまった…。
ちらっと葵を見た。
「ありがと…」
口元は隠れていたが、目は俺を見ていた。
微笑むように。
「あたし、神楽ちゃんと話せるのが一番うれしい…」
「よ、よせやい」
葵の頭にのせていた手をぐしゃぐしゃと動かした。
照れ隠しだっつーの。
「神楽ちゃんだけでいいな…。話せる男の人…、ひとりで」
「ばっかゆーなよ。親父さんとかじーちゃんとか親戚のおじさんとか…、まだなんかいるだろっ!そーゆー人たちに失礼じゃねーか!」
葵は吹き出した。
「んだよ…、そんなにおかしーか」
「神楽ちゃんのそーゆーとこ、すき」
後ろの木にガン、と頭を打ち付けてしまった。
「シラフでそんなこといわないでください…」
「だってほんとのことだもん」
手をギュッと握ってきた。思わぬ行動だ。