家族旅行での出来事 夫婦交換 1-5
「はい。何でも言ってください。
孝志君たちが明日の朝には帰れないという話は、
ボクたちにとってはかえってありがたいというか、
とてもうれしい話でしたよ。
特に、娘の真奈美にとっては……。」
雅和は隣の部屋に視線を送りながら言った。
「ありがとうございます。まずは何からお話すればいいかしら……。
あの……。実は、明日、夕方いらっしゃる予定のお客様が……。
急に、明日の昼前に、ご到着になるという、変更がございまして……。」
(到着が早まった?となれば、明日の朝も早くから準備が必要なんじゃないの?
だとすれば、今夜はこのまま休んで欲しいっていうことかしら……。)
香澄がそう思っていると、夫も同じように考えたと見えて、
膝を正して史恵に言った。
「なるほど。それで今夜はこれ以上遅くなるのは無理、ということですね。
いや、ボクらもスーパーマンじゃないので……。
あの松本兄妹と濃密な時間を過ごしましたから、
いくらここの温泉の効能が素晴らしくても、
正直、睡眠はとらないとな、と思ってはいましたから。……。
な?香澄。」
「ええ。史恵。わたしたちに遠慮しないで。
お仕事は大事だわ。」
すると史恵は意外なことを口にした。
「いえ。こちらから約束させていただいたお約束ですから、そんなことは致しません。
香澄。このままあなたたちを寝かすわけなんてないじゃない。」
「史恵……。」
「ただ……。そのための準備と言いますか、対策と言いますか……。」
「?」
「まずは、もう一晩。
つまり、生野様には、明日も、この旅館にお泊りいただけないか、
ということなのです。」
「ああ、そういうことですか。
いや、ボクたちも、さっき、そんなことを話していたんですよ。
せっかくの特別室、一泊じゃ楽しみ切れないからって。
ただ、金額の方をうかがっていないので、
ご相談ということにはなるんですけどね。」
「いえ。生野様がもう一泊してくださるんでしたら、
特別室の料金なんていただくわけにはまいりません。
当方のわがままと言えばわがままなんですから。」
「あの……。史恵さん。
それって、今夜は遅いから早めに寝て……。
明日、その、つまり……。
たっぷり楽しみましょう、っていうことですよね?」
雅和が未練がましく言うのを聞いて、香澄は少し腹立たしかった。
しかし、史恵は雅和の言葉を聞いて、
嫌な顔一つせず、むしろそれは当然だという顔をして答えた。
「ええ。もちろん、それもございますが……。
香澄。明日、いらっしゃるお客様って……。
実は、香澄も知っている人なの。」
「わたしも知っている人?えっ?誰?」
「それは、明日ご本人が直接会うまでは秘密にして欲しい、っていうことなの。」
「会うまでは秘密?」
「ええ。香澄を驚かせたいんだと思うわ。」
「えっ?でも、いったい誰?」
「実はね。明日、いらっしゃることはもうずいぶん前から決まっていたの。
ご予約いただいたのは、先月のことだもの。」
「……。」
「で、夕方、思わずこちらから連絡を取らせていただいたの。
香澄が……。生野様ご家族がご宿泊中だって。
そしたら、夜になってから電話がかかってきて……。
今から出発するからって。
もしも、1泊で帰ってしまったら、もう会えないかもしれないからって。」
「ねえ。史恵。そういうことだったら、なおのこと、
相手が誰だか知りたいわ。」
「香澄の気持ちはわかるけれど、
お客様との約束を破るわけにはいかないのよ。」
香澄と史恵の話は堂々巡りとなり、黙ってしまったのを見て、雅和があっさりと言った。
「香澄。いいじゃないか。その人が誰であっても。
香澄が泊っていると聞いて、予定を早めてまで君に会いたい、
そう思ってくれている、そんな人だっていうことだろ?
ボクたちも、もう一日、ここでゆっくりさせてもらおう。
それで、その人との旧交を温めればいいじゃないか。」
「いいの?あなた。」
「ああ。それに、さっきからの女将さんの話を聞いていて……。
素晴らしい時間になりそうなのは、香澄にとってだけじゃなさそうだしね。」
史恵は急に妖しい目になり、着物の合わせ目を直すふりをして、
胸元を少し開き加減にしながら言った。
「旦那さま。どうしてそう思われます?」
「女将さんの……。史恵さんの目ですよ。
男の直感です。」
「そういうことですか。
ええ。旦那様のおっしゃる通り。
明日の客様は、わたくしたち家族も、全員でおもてなしする予定のお客様です。
そこに生野様ご家族が加わってくだされば、
わたくしたち家族も、
明日いらっしゃるお客様も、
皆様が十分にご満足いただけると信じています。」
雅和は意味ありげな顔で女将を見た。
「女将……。いや、史恵さん。明日、いらっしゃるそのお客様も……
当然、この特別室にお泊りになるんですよね?」
「この部屋はご覧いただいてわかりますように、
もともとお泊りいただくお部屋ではございません。
生野様のように、普通に宿泊室をお取りしています。
ただ、もちろん、このお部屋を使っていただくことになると思います。
あ、もちろん、生野様ご家族が同意なさればの話ではございますが。」
「同意も何も……。大歓迎ですよ。な?香澄。」
「あなた。本当にいいの?」
「いいじゃないか。
というよりも、そういうことなら今夜は早めに寝て、
十分に休養して、明日に備えなきゃ。」