取り残された香澄-6
「お、お母様。」
モニターに見入っていた紗理奈が大粒の涙を流しながら立ち上がった。
「もう少し様子を見てからよ。あなたのお母様の気持ち、ちゃんと受け止めなきゃ。」
香澄に言われて紗理奈はその場に腰を下ろした。
「お前、わざと紗理奈を逃がしやがったな?」
「今頃気がついたの?
わたしが本気を出せば、あなたたち3人くらいなら、
動けないようにしておくことくらいできるのよ。
どうだった?わたしの締め付け。
窒息しなくても、あのくらいの締め付けはできるのよ。」
「おい。あの階段の先は何なんだ。」
「地下室よ。ありとあらゆるものが揃っているわ。
この部屋に備え付けられたカメラもモニターでチャック出来るし、
もちろん、録画も可能よ。
あなたたちがしたことはおそらく全て記録されているわ。
当然、外部との連絡も可能よ。
電話はもちろん、ラインやメール、どこの誰とでも、簡単に連絡が取れる。
残念だったわね。
このリビングにもロックをかけたはず。あなた方がここから出られないようにね。」
「な、なんだって?」
大輔がドアを開けようとするが、ドアはびくともしなかった。
「そのうちに、警察が到着するわ。そうなればあなたたちは終わりよ。」
「お前を人質にとるという手もあるさ。」
「わたしを人質?人質って、命があるから価値があるのよね?」
そう言うと、麗子は大輔が脅しに使っていたナイフを拾い、自分の首に当てた。
「どう?わたしが死ねば、人質の意味もなさないでしょ?
そうなれば、あなたたちが逃げられる術はなくなるわ。」
「わかった。わかったよ、麗子。お前の覚悟。
それから命がけで紗理奈を救おうとした母親としての愛情。」
田辺は穏やかな声で麗子に話しかけた。
そして天井を見回しながら、ゆっくりと呼びかけるように言った。
「紗理奈。美奈子。これでわかっただろ?」
田辺の言葉を聞いて、麗子は思わず首からナイフを下ろした。
「あ、あなた、誰と話しているの?
えっ?紗理奈?美奈子?
美奈子が生きているの?
見てるの?この部屋の様子、見えてるの?」
美奈子はモニターにあるマイクのスイッチを入れ、リビングのボタンを押した。
「お母様。お姉様は大丈夫よ。ケガも擦り傷程度だから。」
「美、美奈子。美奈子なのね?無事だったの?生きていたのね?」
「お母様。」
「紗、紗理奈。紗理奈。ああ、よかった。本当によかった……。」
「麗子。全部見ていたわ。美奈子ちゃんと一緒にね。
母親としてのあなたの姿。素晴らしかったわ。」
「香澄。香澄もそこにいるのね?
ああ、よかった。そこへのロックを全てかければ、誰も入ることはできないわ。
あなた方が助かって、本当によかった。」
「お母様。ごめんなさいね。お母様を試すようなことをしてしまって。」
「わたしを試す?どういうことなの?美奈子。」
「今、そっちに行くわ。直接、話した方がいいもの。」
「ば、馬鹿なこと、言わないで。リビングにはまだ……。」
「ええ。田辺さんにもお礼を言わなきゃいけないし。
大輔さんにはちゃんと謝らなきゃいけないの。」
そう言って美奈子は立ち上がると、全ての部屋のロックを解除した。
「お姉様。歩ける?」
「ええ。這ってでも行かないとね。お母様に謝らなきゃ。」
美奈子と香澄は紗理奈に肩を貸し、ドアを開け、
玄関先に向けての階段をゆっくりと昇っていった。
1時間後。
リビングでは全ての事情を話し合い、
泣きながら抱き合って、互いに謝り合った麗子と紗理奈が、
笑いながら田辺と話をしていた。
事実を全く知らされていなかった大輔はしばらくの間不貞腐れていたが、
美奈子がそっと近寄り、耳元で何かささやくとすぐに笑顔を取り戻した。
香澄はどうにか無事に事が治まったことを、
一人、地下室のモニターから征爾と雅和に伝えていた。
「いや、香澄さんにはとんでもない場面に出会わせてしまって、本当に申し訳ない。」
「謝ったりしないでください。美奈子ちゃんの必死の思いも、紗理奈さんの気持ちも、
そして何よりも、麗子の母親としての気持ちを知ることができて、
わたし、本当によかったと思っているんですから。」
「香澄さんに黙っていたのは、こんな場面に出くわしても、
香澄さんなら、きっと、何かの形で、
うちの家族をいい方向に導いてくれるだろうと思ったからなんですよ。」
「でも、訪ねていった先で、レイプ事件が起きているなんて、
衝撃的過ぎました。何度も死を覚悟しましたもの。」
「いや、本当に申し訳ない。」
「いえ。麗子と紗理奈さん、美奈子ちゃんの関係が元通りになってくれただけで、
わたしは嬉しくて。」
「いや、元通りなんかじゃないと思います。
今まで以上に硬い絆で結ばれたと思いますよ。
で、3人は?」
「ええ。美奈子ちゃんは、大輔君のことがすっかり気に入ってしまったみたいで。
あ、大輔君の方もなんですけど。
放っておいたら、すぐにでも続きを始めそうな雰囲気でした。」
「美奈子に言っておいてください。まだ安静の時間だって。」
「ええ。さっき言いましたよ。そしたらキスだけだからって言ってましたけど、
この先どうなることか……。」
「麗子と紗理奈は?」
「あの二人も、お気に入りができたみたいで……。
征爾さんも、ライバルが増えたんじゃないですか?」
「ライバル?いや、ますますいいパートナーになったというべきでしょうね。
ビジネスだけでなく、プライベートでも……。」
「あの……。」
「はい?」
「わたしは……。どうしたらいいですか?}
「えっ?」
「わたしだけ……。まだ、レイプされていないんです。」