艶之進、気張る肉刀-1
いったん身繕いを整え、次の間へ移ることが出来たのは十八名だった。はじめは六十名だったのが魔羅の計測で四十名に減り、初戦を経てさらにふるい落とされた。
「さっきの座敷より少し狭いが、造りは豪華だなあ」二倫坊が部屋の中央に突っ立ち、感嘆の言葉を漏らした。「上は格天井だぜ。牡丹の絵が何枚も鮮やかに描かれてやがらあ。おい、あで之進さんよ、あんたも見てみなよ」
「つや之進だと言っただろう」艶之進は文句を言いながらも天井を見上げ、紅牡丹の連なりに息を呑んだ。が、中央の一つが少し違う絵柄なのに気づいた。
「おい、二倫坊。あの絵。あの真ん中の絵。あれは一見、牡丹に見えるが……女陰ではないか?」
「どれどれ? …………うん。そう言われりゃあ、あれだけ少し違う。ありゃあ開(ぼぼ)だ。よく分かったなあ、あで之進さんよ」
「気づかない者がほとんどだろうが、あれは卑猥だ。酔狂にも程がある」
艶之進が舌打ちをすると、用人が入ってきて告げた。
「先ほどの奮闘で力を少し削がれた者もあるであろう。よって、二戦目の前に茶菓子を振る舞う。各自、随意に座り、甘味を口にいたせ」
艶之進が二倫坊と並んで座ると、干菓子と茶の載った銘々盆が配られた。干菓子の皿には他に小さな丸薬とおぼしきものも一粒あった。
「初戦では秘薬、意馬心丹を服用してもらったが……」用人が言葉を続けた。「今度は別の秘薬、猛り丸を飲んでもらう。さような薬は不要、という者もあろうが、なに、飲んでおくにこしたことはない。立ちが長持ちするからの……」
言われて艶之進は丸薬を先に飲みこみ、その後で干菓子をガリガリとやった。
一服し終えると、シュシュッと快い裾さばきで腰元たちが入ってきた。初戦とは違う女たちだった。が、いずれも見目麗しく、肉付きも豊かそう……。
「この下屋敷には別嬪が掃いて捨てるほどいるようだな」どら声を上げたのは力蔵だった。「今度は自由に選ばせてくれるんだろうな、女を」
しかし、用人は顔の前で小さく手を振り、そこへ、綾乃が悠然と登場し、代わりに答えた。
「そなたたちに選ぶ権利はない。選ぶのは腰元たちじゃ。女のほうで、これはと思う男と同衾する。女に好かれることも当然、魔羅くらべで勝つ一因じゃ」
「なんだとう?!」
大げさに目をむいてみせる力蔵だったが、綾乃は取り合わず、さっさと下知をくだした。
「さあ、おまえたち、それぞれ男のもとへ参れ」
艶之進は緊張した。誰も来なかったらどうしようと、冷や汗が出た。
が、やがて、一人の腰元が前に来て膝をつき、涼やかに、そして高らかに挨拶をした。
「凜と申します。よろしゅうお頼み申し上げます!」
「あ、こちらこそ、よろしく頼み入る」
艶之進は、つい見とれた。
奥二重の切れ長の目元。艶のよい紅唇。そして、着物の上からでも分かる溌剌とした四肢。先ほどの美沙も美しい娘だったが、それに輪を掛けて麗しかった。
この腰元が自ら相手になったということは少なからず艶之進に好意を抱いていると見てよかったが、艶之進のほうも彼女に好ましい印象を強く持った。
すると、部屋の隅のほうで悶着が起きたようだった。
「わたくしがこの方と……」「いいえ、わたくしがこの殿御と」「お控えなされ。このお方の相手はわたくししか勤まらぬ」
三人の腰元が小夜之丞の前でもめていた。『やさ男 金と力は 無いものの』という川柳があったが、白面・痩身の小夜之丞の持てっぷりは見事であった。男の取り合いは、結局、綾乃の「一番年かさの八重、おまえにする。年の功じゃ」という鶴の一声で決まった。あぶれた二人の腰元は、それぞれ二倫坊と力蔵のもとへ歩を運んだので、「おれは余り物かよ」「渋々こっちに来るんじゃねえ」と異口同音に彼らは腐っていた。
綾乃が見物の座につくと、用人が二戦目の段取りを説明した。
「さて、初戦は女を逝かせる回数を競う場であったが、二戦目は、いかに射精をこらえるか、これを競ってもらう」
「おやまあ、我慢比べですか……」
小夜之丞が、クスッと笑った。
「さよう。だが、ただの我慢比べではない。初戦は自由に腰元を抱いてもらったが、今度は男は仰臥したまま、その体勢を崩してはならぬ。腰元がそのほうらにまたがり、本茶臼(騎乗位)にて精液を搾り取らんと腰を振る。妙なる締め付けに我慢ならず精液を放った時、腰元は鋭くそれを感知し、手を挙げ、それを見届け人が記録するというわけじゃ。女の攻めに屈せず、長持ちしたもの上位四名が三戦目へと駒を進めることが出来る。あい分かったな?」
男どもは、やや面食らっていたが、力蔵がせせら笑った。
「おれたちは、ただ寝っ転がってりゃいいんだな?」
「さよう……」
「そんな楽なことはねえ。ちょいと力を込めるのはへその下だけ。精液を漏らさぬようにな。わっははは、簡単なことだ」
「じゃが……」用人は少し開いた扇子で笑う口元を隠した。「この部屋におる腰元たちは皆、あそこの締まりが群を抜いて良い。なぜなら、皆が奥向きの警護を担っており、日々、薙刀の稽古に励み、足腰を鍛えておるのじゃ。加えて、馬に乗る鍛錬も密かに積んでおる。そういう女性(にょしょう)に攻めたてられて、果たしてどれだけ我慢できるものか……。これは見ものでござるな」
「へっ。どんなに締まりのいい女でも、おれの真珠魔羅にかかれば、開(ぼぼ)が弛んでビロビロになるってもんだ。なぜなら……」
力蔵の弁を綾乃の声が遮った。
「能書きは聞きとうない。疾(と)く、夜具を敷き、そこに男どもを転がせ」
言われて用人は準備を始めた。
「あーあ。今度は我慢比べかよ」二倫坊が自分で自分のひたいを叩いた。「こんなことなら初戦で一度出しておくんだったぜ」
艶之進も同じことを考えていた。