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淫蜜の媚薬
【調教 官能小説】

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淫蜜の媚薬-2


2

 悲鳴を上げそうになった美桜はとっさに両手で口を覆う。できるだけ物音を立てずにその場から離れようとするが、腰が抜けてなかなか立ち上がれない。
 この、ドアを一枚挟んだ向こう側にストーカー男がいるのだと思うと生きた心地がしない。わいせつ目的で狙われているのは明らかだし、そんなふうに考えると得体の知れない恐怖に支配されて自律神経が乱れてくる。
「いや……そんなの……」
 性欲で浮腫(むく)んだ男の人相を想像するだけで吐き気をもよおし、目に涙が滲む。助けを呼ぼうにも隣人とはほとんど面識がなく、そもそもこの時間帯は仕事か夜遊びかで留守にしていることのほうが多いから頼りにならない。
 ガチャガチャ、ガチャガチャ……。
 狂ったように金切り声を上げるドアを前に美桜は両手で耳を塞ぎ、とうとう泣き出してしまう。何かの拍子に鍵が壊れて侵入してきた男に捕まったらどんな恥辱を受けるかわからない。
 穢(けが)れた指が、赤紫色の舌が、歪んだ欲望でふくれ上がった男性器が、自分の体の中に挿入される場面を考えただけで鳥肌が立つ。
 ガチャ、ガチャガチャ、ガチャガチャ、ドンドンドン、ガチャガチャ、ガンガンガン、ガチャガチャ、バーン、バーン……。
 ドアだけでなく、玄関に飾ってある人形の置物も振動している。
 折れそうな心の中で「もうやめて!」と救いを求めるが、真夜中の騒音に苦情を言いにくる人がいないのも何だかおかしい気がしてきた。もしかしたら私にしか聞こえない音なのかな、とも思えてくる。
 美桜は恐々と顔を上げて大きく息を吸い込んだ。そして肺に溜まったものを一気に吐き出す。
「やめてー!」
 大声を出した後、周囲に漂う重たい空気が一変する。音が止んだ。
 静まり返った玄関にぽつんと取り残された美桜は、耳が詰まったような違和感をおぼえながらも青ざめた顔で立ち上がり、ドアの中央に目の焦点を合わせる。
 そこにドアスコープの小さな円い窓が見える。来客があった時、まずはこの窓から外の様子をうかがうのだが、できれば今はのぞきたくない。
 だからといって、のぞかないわけにはいかない。そう簡単にあの男があきらめて帰るとは思えない。ドアのすぐそばで息を殺して待ち伏せしている可能性だってある。
 首すじをつたう汗をやり過ごし、ごくり、と唾を飲み込んだ。極度の緊張で喉がからからに渇いている。心臓がひとつ跳ねるたびに貧血に似た感覚におそわれるが、それでも美桜は男の所在を把握するためにドアスコープをのぞき込む。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
 張り詰めた空気の重みで胃が痛い。その痛みをこらえてドアの向こう側に視線を注いでみるのだが、右にも、左にも、正面にも、男の姿はどこにもない。
 どうしようか悩んだ挙げ句、美桜は玄関の鍵を解除した。サンダルを履き、ところどころ錆の浮いた鉄のドアをゆっくり外側へ押し開く。
 ギィィィ……。
 まずは首だけを隙間から出して左右を確かめた。黄ばんだ蛍光灯に斑模様の蛾が集(たか)っているだけで、人の気配はどこにもない。エアコンの室外機の音がするから誰かしら住人はいるようだが、さすがにどの部屋も就寝中だろう。
 とりあえずほっとした美桜は、乳首のかたちが浮き出たキャミソールの胸元を見て見ぬふりをし、ドアを開けた時と同じ姿勢のままで静かにドアを閉め、施錠する。
 男はあきらめて帰ったようだ。弱々しく吐息をつき、玄関のドアを背にした、その直後、
「えっ?」
 天井にまで届くほどの大きな人影と鉢合わせした美桜は、声を上げる間もなく湿った布で口と鼻を封じられ、たちまち全身の力を奪われた。薬品の匂いが鼻腔を麻痺させて目が回る。
「んん、んん!」
 徐々に、ではなく、坂道を転げ落ちるようにして急速に意識が遠のき、何ひとつ満足に抵抗らしい抵抗もできないまま美桜はいつしか悪しき腕の中で気を失い、その無防備な寝顔を盗まれるのだった。


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