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淫蜜の媚薬
【調教 官能小説】

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淫蜜の媚薬-1

1

 いつになく寝苦しい夜だった。
 ただでさえ睡眠不足の千歳美桜(ちとせみお)は不快な汗で目を覚まし、半分寝惚けながらベッドの上で寝返りを打つと、枕元の暗がりを睨んで時計のありかを探した。
 下着を着けていない不安定な胸が地球の重力に逆らえるはずもなく、四つん這いで上体を起こすとキャミソールの中で食べ頃の果実がぷるんと揺れる。
 時刻は間もなく午前二時、草木も眠る丑三つ時だ。ベッドにはスマートフォンが転がっていて、どうやらいじっている途中で寝落ちしたらしいと気付く。充電の残りもあとわずかだ。
 ハーフパンツから伸びる細長い脚をベッドの外へ投げ出し、しばらくそうしていると、遠くのほうからサイレンの音が聞こえてくる。
 救急車なのか、それともパトカーなのか、いずれにせよ、その警告音のおかげで窓が開いていることを美桜はようやく思い出す。
 若い女性の一人暮らしにしてはあまりにも不用心では、と近しい人からはよく言われるのだが、冷房が苦手な体質なのではどうしようもない。
 窓辺から忍び込む夜風がカーテンをそよそよ揺らし、待機中の扇風機の首をやさしく撫でている。
 ベッドから腰を上げ、窓に近付く。細く開けたカーテンの向こうには美しい宵闇が広がっている。町はすっかり寝静まり、夕べの花火大会の熱気もいくらか冷めたのだろう、アパートの二階部分から見る限り人通りはない。
 久し振りに浴衣を着た美桜は、提灯を連ねた神社の境内を下駄を鳴らしながら友人たちと賑やかに歩き、金魚すくいやヨーヨー釣りなどの屋台を何軒かはしごして、おいしいものもたくさん食べた。
 女ばかり数人で歩いていると、見知らぬ男の人から一緒に遊ばないかと声をかけられたりもしたが、美桜たちが丁重にお断りすると、大袈裟に舌打ちしてほかの女の子のところに行ってしまった。
 ドン、と空気を震わせる破裂音がしたのはその直後だ。見上げた先に大輪の花がいくつも咲いていた。
「うわあ、きれい」
「お母さん見て見て、花火だよ」
「あ、また上がった。今度は黄色」
 夏祭り会場に詰めかけた見物客たちは思い思いに涼を取り、夜空を彩る打ち上げ花火に足を止め、感嘆の声を上げた。
 美桜は火照った体をラムネで癒し、はじける炭酸と同じくらい爽やかな笑顔の裏で物思いに耽ったものだ。
 チリリリリーン、とどこかで風鈴が鳴っている。近所の家の軒先にでも吊るしてあるのか、その涼しげな音色に美桜が我に返ると、示し合わせたようにキリギリスが鳴き始めた。微かに火薬みたいな匂いがするのは花火の名残かもしれない。
 このまま朝まで眠れないのだろうか。そんなことを考えながら窓の外をぼんやり眺めていると、月灯りの落ちる路地に黒い人影があるのに気付く。しかも移動しているのではなく、その場に佇んでいるふうに見える。おそらく男性。
 あの人、あそこで何をしているのだろう。美桜は少し身構えてから後ずさりし、その怪しい男の挙動を固唾を飲んで見守る。変質者だとわかれば警察に知らせて捕まえてもらうしかない。
 そういえばさっきパトカーのサイレンを聞いたばかりだし、まさかこの町のどこかで事件でもあったのだろうか。そしてその犯人は今も逃走中で、この付近を彷徨(うろつ)いているのだとしたら……。
 はっとして美桜はその場で凍り付き、両目を見開いた。路地に佇む男がこちらを見上げている。暗くて表情を読み取ることはできないが、良からぬことを企てている雰囲気が容易にうかがえた。
 赤く発光する灯りは煙草だろうか、それは何度か明滅を繰り返した後で地面に落下し、男の足で揉み消されてみじかい寿命を終える。花火の匂いだと思っていたのは煙草の匂いだったのかもしれない。
 煙草を始末した男は闇の中を徘徊するようにゆらゆら歩き出すと、急に大股になって美桜の住むアパートの駐車場までやって来て、姿を消した。
「ひっ!」
 美桜は息を凍結させた。半ばパニックになりながらも戸締まりを確認するために玄関へと急ぎ、とりあえずは施錠されていたのでほっと胸を撫で下ろすが、耳を澄ませてみると階段を上がる何者かの靴音が不気味に聞こえてくる。
 コツ、コツ、コツ、コツ……。
 靴音は一階から二階へと移動し、そのまま気配を消すこともなく二◯一号室の前を通り過ぎてこちらに近づいてくる。美桜の部屋は突き当たりの二◯六号室だ。
「お願い、来ないで……」
 二◯二号室、二◯三号室、二◯五号室、そしていよいよ二◯六号室というところで靴音はぴたりと途切れ、バイオリンの弦を引っ掻くような耳鳴りをおぼえた美桜は膝を抱えてうずくまり、祈る思いでドアを凝視する。ただの錯覚であって欲しい、悪い夢であって欲しい、と。
 だが、祈りは通じない。ガチャリ、と冷たい金属音を立ててドアノブが勝手に回り、鍵が掛かっているので一度は元の位置に戻るのだが、「そこにいるのはわかってるんだぞ」と言わんばかりにふたたび回転するドアノブに、美桜は恐れおののき逃げ場を失う。


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