迫りくる闇-4
翌朝、爽やかな気分で由芽は目覚めた。
シャワーを浴びて新しい下着と洗いたてのYシャツに腕を通し、お気に入りのグレーのパンツスーツを着る。
「さて…と」
トレードマークのポニーテールを弾ませて颯爽とアパートを出た由芽は、まだ青々としたススキの靡く空き地を貫く道を歩く。
新入社員の安い給料では高い家賃は払えない。
会社からかなり離れた寂れた町の、やや不便な場所に建っている安いアパートが由芽の今の住処だ。
大学生の時から一人暮らしは慣れている。
いつかは二人≠ナ……などと思いながら、駅に入って電車へと乗り込んだ。
(午前中に一件加入……お昼にもう一件かあ。今日も気分良く過ごせそう)
吊革に捕まりながら、今日の仕事のスケジュールをあれこれと考える。
かずさと一緒に営業活動をして二週間目に入った。
行動内容を一から見直す事が出来たし、進捗が悪くなった時の振り返りや修正も上手くやれるようにもなった。
その自信が気持ちに余裕を持たせ、営業トークにも幅が生まれていると由芽は実感していた。
やはりかずさ先輩は《師》だ。
公私に渡って成長させてくれる素晴らしい女性だ……。
『んほ!ぐほッごほほ!』
変な咳払いが聞こえてきたが、別に気に留めはしない。
これだけの人が乗っていたら、一人や二人は喉の調子が悪い人も居るだろう。
(やっと着いたあ……)
会社の最寄りの駅に電車が到着し、由芽はボディシャンプーの甘い香りを纏わせながら降りた。
嫌な目つきをした二人組が跡をつけてきた事に、全く気づかずに……。
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…………
今日の再訪問は、全て契約成立となった。
上機嫌な由芽とかずさは遅めの昼食を摂る為に、手近なファミレスへと入った。
「だいぶ活動内容が良くなってきたわね。一日のスケジュールもきちんと組み立てられるようになったし」
「ちょっと上手く行き過ぎな気がしますね。来週から大丈夫かなあ?」
かずさとのOJTは今週で終わる。
研修に三週間、鞄持ちのように先輩達の後ろに着いて廻ること一週間。
そしてかずさと行動を共にして二週間目となる。
来週からは由芽は一応独り立ちしての営業活動となるが、そこに不安がないと言えば嘘になる。
「なにか悩みとかあったら直ぐに相談してね。その為のチーフなんだから」
「かずさ先輩はやっぱり頼りになりますッ。遠慮なく相談しますから宜しくお願いします」
「だから奥村チーフでしょ?まだタイムカード押してないんだから、今はまだ仕事中よ」
楽しそうに昼食を摂る二人の姿は、仕事上の上司と部下の関係というより、実の姉妹か親友同士に見えるだろう。
「かず…じゃなくて奥村チーフ、その指輪、素敵ですね」
「ああ、この指輪?一昨日の日曜日にお店に届いたのよ」
かずさの左手の薬指に、キラリと輝く指輪が嵌められていた。
一石タイプのシンプルな指輪は、既に結婚を決めたカップルが嵌めるマリッジリングである。
「エンゲージリングも貰ってませんでした?あ〜羨ましい〜!」
「ウフフ!彼がプロポーズの時にいきなり渡してきたんだし、私からはおねだり≠オてないわよ?あの指輪は普段使いする指輪じゃないから、ちょっとお金が勿体ない気もしたけど……でも嬉しかったわ」
あと二ヶ月後に、かずさは結婚式を挙げる。
まだ妊娠してる訳ではなかったので寿退社はしないが、これから先の事はまだ分からない。
「……なんか今日は話が脱線するわね。ほら、気持ちを切り替えて仕事仕事!」
「そのニヤニヤした顔も切り替えてくださいね、奥村チーフ」
まだ会社に帰るには時間が早い。
二人は既存の介護施設に再訪して親密度を高める活動をして、その後に会社へと戻った。