解き放たれた抑圧-1
「確かにわたしは、悩みがあっても、
なかなか人には言えないというか………。
誰かに話した方が楽になれるときもあったんでしょうけれど、
自分が楽になってはいけないんだって思ってしまって。」
「………。」
「自分が苦しみから逃げないことが、
真奈美を少しでも幸せにできる数少ない方法のような気がして……。」
「だから、いろいろなことを一人で我慢してきたのね。ご主人にも告げずに。」
「ええ。本当の気持ちは言えませんでした。」
「考え方によっては、それもある意味、異常、と考えることも出来るのでは?」
「我慢することが、異常、ですか?」
「ええ。必要以上に我慢して自分の心を虐めることを受け入れる。
それに耐えることが娘の幸せにつながるのだと信じ込み、
一人苦痛に耐えることが、
娘のためになっているのだという、自己満足という快感へと変わっていく。」
「………。」
「鞭で叩かれ、縄で縛られ、
身体の自由を奪われることを耐えることが、
次第に快感へと変わっていくSМ行為と、
やりたいことを我慢し、辛いことに耐え、
必要以上に自分を追い込んでいくこと。
どこか違いがありますか?」
「………。」
「もちろん、真奈美ちゃんの未来がどうなるかは誰にもわからない。
これからどんな人生を歩んでいくかどうか。
でも、ここまで育て上げたということをもっと誇りに思って欲しいんです。
ご両親がご自分たちを責めて苦しんでいたら、
真奈美ちゃんの本当の幸せはありません。そう思いませんか?」
「我慢する必要は、ない、と?」
「ええ。必要以上の我慢は気持ちを暗くします。
人間を卑屈にします。
笑顔がなくなります。
ご両親が笑顔でなかったら真奈美ちゃんが笑えないじゃありませんか。」
「………。」
「我慢は、もうそろそろいいんじゃないですか?
ご自分の思いのままに、心の導くままに生きて幸せになる。
そうすることが、真奈美ちゃんにも、
人間として生きることの素晴らしさを教えていくことになるんじゃないですか?」
「………。」
「話が横道にそれますが……。
これは女としての直感です。」
「は?」
「奥様は、香澄さんは………。
セックスがお好き、と言うか………。
お得意な方ではないですか?」
「セック、ス?」
「はい。いきなり失礼かとは思いますが。」
「いえ、まさか、そんなこと。」
「恥ずかしいことなどとお思いにならないでくださいね。
わたくしは、というよりも、主人も、うちの家族たちも、
セックスを恥ずかしいものとか隠すべきものと考えたことはないんです。
もっと大らかにセックスを語り、もっと大らかにセックスを楽しむ。
それが人間としての一番の幸せと考えて生活をしてきました。
子どもたちにもそう教えて、そのように接してきました。」
「………。」
「驚かれますよね。いきなりこんなこと、申し上げても。
でも、香澄さん。
あなたは若いころには随分とセックスを楽しんでらしたんじゃありませんか?
セックスの素晴らしさを知ってらしたんじゃないですか?」
「あ、あの、ちょっと失礼じゃないですか?」
「いえ。失礼ではないと思うからお話しているんです。
素晴らしいことだと思うからお話しているんです。」
「???」
「セックスの素晴らしさ、喜び、それを十分に知っていることは素晴らしいことです。
けれども、もしかすると香澄さんは真奈美さんの病気のことを知って以来、
セックスを遠ざけてしまっているのではないですか?」
「な、なにを、そんな、ばかばかしい。」
「いえ、大事なことです。大切なことです。
人生そのものであるはずのセックスを遠ざけるなんて、
それほど不幸なことはありません。
セックスの素晴らしさを知っている香澄さんだからこそ、
わかっていただけると思うのです。」
「失礼ですが、何を根拠にそんなことをおっしゃるのですか?」
「真奈美ちゃんを見ていればわかります。」
「真奈美を?真奈美はまだ15歳ですよ。
そんな、セックスのことと、関係ないじゃない………。って?まさか?」
「香澄さん。落ち着いてお話ししましょう。
真奈美ちゃんが以前からセックスをしているっていうこと、
本当はご存じだったのではないですか?」
「………。」
「それが事実と認めたくないから、
あえてそのことを考えるのも避けてきた。
でも、母親なら娘の少しの変化に気づいたはずです。」
「………。」
「真奈美ちゃんが初めてセックスを経験したのは………。」
言いかけた麗子を制するように、香澄が顔を上げて言った。
「小学校4年生の時………。」
「やはり。お気づきになっていたのですね。」
「わたしも母親ですから。」
「そして、女ですものね。」
麗子はテーブルの横にある棚からグラスを取り出し、
ボトルに入った飲み物を注ぎ、香澄に手渡した。
「でも、その時から、真奈美は以前にも増して、
明るく、優しい子になったんです。」
香澄はグラスに口をつけ、一口飲んでからぽつりとつぶやくように言った。