解き放たれた抑圧-4
「思うままに、生きてみませんか?
子どもが生き生きと生きていくためには、
親が生き生きと生きていなくては駄目だと思うんです。」
「親が生き生きと?」
「ええ。いい意味でも悪い意味でも、子は親の鏡。
子どもは親の姿を映し出すんです。
だったら、逆も真なり、だと思いませんか?」
「逆も真なり?」
「そう。子どもが幸せだったら親も幸せ。」
「子どもが幸せだったら?」
「そう。親も幸せじゃないですか?」
「はい。そうだと、思います。」
「うちの敏明は、今、幸せです。真奈美さんのおかげで。
ですから、わたしたち親も幸せの絶頂です。
真奈美ちゃんも、手前味噌ながら、
大事に思ってきた敏明が全快を迎え、幸せの絶頂だと思います。」
「だとすれば、わたしたち夫婦も、喜びの絶頂にいるべきだと。」
「いえ。喜びの絶頂にいてくださらなくては、わたしたちが困ります。」
「そ、う、です、ね。5年もの思いが、
今、かなうのですものね。
真奈美の思いも、今まさに成就する。それを喜べない親なんて………。」
「ですから、この事実を真正面から認めていただいて、
そのうえで、真奈美ちゃんの素晴らしさと、
その真奈美ちゃんを育ててこられたご両親の素晴らしさを
実感していただきたいのです。」
そう言うと、麗子は壁のインターフォンをとった。
「これから、敏明がこちらへまいります。
真奈美ちゃんも一緒です。
いきなりお母様に見られると恥ずかしがるでしょうから、こちらへどうぞ。」
麗子は香澄の手を取り、ベッドの反対側の壁際へ移動した。
壁のスイッチを操作すると、天井から仕切りのような壁が降りてきた。
「これはマジックミラーの壁です。
向こう側からこちらは見えません。
香澄さん。お座りになって。
そしてどうか、見てやってください。敏明の、健康を取り戻した姿を。」
しばらくすると、部屋の奥にあるスライドドアが開き、中から誰かが現れた。
香澄は目を凝らした。
暗い照明の中、誰かが中に入ってくる。
明るい照明の中であっても、
香澄にはそれが誰であるかはわからなかっただろう。
「息子の敏明です。」
麗子が感情を抑えた声で言った。
「香澄さんには別にどこがどうと言うこともない、
ただ単に、男が裸で立っているくらいにしか見えないと思います。」
そう言われてみれば確かに、入ってきたのは男のようだった。
下半身の足の付け根辺りに突起が見えるのが、
その人物が男であることを物語っていた。
その背後に、もう一人の人物が現れた。
そのシルエットは明らかに女性だった。
流れから考えても、その女性もおそらくは裸なのであろう。
シルエットの胸のふくらみと尻の張り方が明らかに、
スタイルの良い女性であることを物語ってた。
「いかがですか?こうして見た真奈美ちゃんの姿は?」
麗子の思いがけない言葉に………
いや、香澄自身が予想していた通りの言葉に、香澄は素直に反応した。
「きれい、だわ。」
ふたりはゆっくりと部屋の中に入ってくる。
香澄が見つめる中で、やがて二つのシルエットは一つになった。
おそらく頭であろう部分の動きから、
二人が濃厚なキスを繰り返していることは明らかだった。
互いの手が互いの身体をまさぐっている様子も見て取れた。
香澄の思考は停止し、
ただ一つになった二人のシルエットを追いかけるだけになった。
「いかがですか?もっとはっきりと、
敏明と真奈美ちゃんの真の姿を見ていただけますか?」
麗子の問いかけに香澄は黙って頷いた。
麗子が壁にあるスイッチを操作すると、部屋全体がぼんやりと明るくなった。
シルエットでしかなかった二人の姿が香澄の目に映し出される。
そこには、全裸の男の身体にまとわりつくように抱き合うわが娘の姿があった。
(真奈美。。。)
香澄は声にならない声を発していた。
(まさか、あの真奈美が……いえ、これはとっくに想像していたこと。
思っていたことが目の前に現れただけのこと。
そして、これがこの5年間の真実。
そしてこれが真奈美の成長なんだわ。
わたしはそのことから目を背けて来たにすぎない。
もしかしたら、いえ、おそらくそうだろうと思いながらも、
そのことを夫にも告げずに、
自分自身でも認めようとも確かめようともせずに、逃げてきた。
その間も、真奈美は、おそらく必死で、
自分の人生を生きて来たに違いない。
10歳というまだ幼いころから今までを。
親にも言えずにつらい時もあっただろうに、
おそらくは紗理奈さんに言われるままの嘘を必死について、
わたしたち親を騙して、
いや、安心させるために必死に嘘をついてきたのに違いない。
真奈美はこの5年間で、その何倍もの経験をしてきたに違いない。
それに比べてわたしはどう?
現実から逃げることばかりで、現実に少しも向かい合おうとしてこなかった。
セックスを遠ざけてきたことだってそう。
何かを我慢することで自分を許してきたような気がする。
これだけつらいことを我慢しているのだから、自分は許されるのだ。
そんな思いがどこかにあったのではないのかしら。)
香澄は改めて二人を見た。
真奈美は敏明に抱きかかえられ、ベッドへと寝かされた。
真奈美は敏明を求めるように両手を差し出した。
敏明はゆっくりと身体を真奈美に預け、二人はそのまま抱き合った。