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愛人
【SM 官能小説】

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愛人-8

「隠さずに正直に言うのよ……」どこかに女の嫉妬を孕んだ、きりりとした声が弾むように部屋に響いた。わたしは、頬を平手でぶたれたようにびくりと体を強ばらせ、威圧的な夫人の声に自白させられるようにつぶやいた。自らの手で衣服を脱ぐことを命じられたこと、首輪や手錠、アイマスクのこと、そして処女について尋ねられたこと……。
 夫人は、深々としたソファに腰を降ろし、じっとわたしの声に耳をすました。
「それから、あなたは、夫にどんなことをされたのかしら……」
 わたしは、物憂い恥辱を感じながら言葉を失ったように黙り込んだ。その様子を見た夫人は、窪んだ、射るような眼の底で微かに笑いなから言った。
「わかっているわ。夫は、あなたの心と肉体のあらゆる部分を声と、指と、唇で愛撫した……。そうするしかできなかったよ、不能の夫には。でも、そうしたい欲望をあなたは夫にいだかせた……あたしが与えることができなかった欲望を」
わたしはただ夫人の言葉を聞いているだけだった。
夫人は、ソファから立ち上がると、わたしの頬に、首筋に、肩甲骨に、胸に谷間に、ゆっくりと赤いマニキュアの塗られた尖った指爪を這わせた。そしておもむろにわたしの前に跪くと、陰毛のふくらみをふわりと撫であげ、掻き分けた。そしてため息をつくように息を吹きかけた。夫人はわたしの肉襞の合わせ目に頬を寄せ、唇で愛撫をはじめた。唇が押しつけられ、舌が微かに蠢いた。

どれほどの時間だったのだろうか……夫人がわたしを問いただすように軀の中心をまさぐり続けた時間は、とても長かったような気がした。
「もっともっと夫はあなたを知ろうとするわ……そしてあなたもまた夫がどういう男なのか知ることになるわ……」と、にっこりと笑みを浮かべた。
わたしは衣服を身につけ、帰ることをゆるされた。夫人を残したまま部屋を出たときだった。廊下でわたしが部屋から出てくるのを待っていたように立っていた男……。醜い男だった。豚のように膨らんだ顔と狐眼をした男は、二重顎をゆがめながらガムを噛み、突き出た下腹を揺すりながらわたしの顔をちらりと見ると淫靡な笑みを浮かべ、夫人のいる部屋のなかに消えていったのだった。


森の光はいったいどこから射してくるのだろうか。少女は身動きさえしない。少女は間違いなくわたしであり、わたしは過去に存在したもうひとりの自分を見ている。少女は眼を開けているのか、閉じているのかさえ分からない。あの男はいなかった。わたしを犯した男の姿はすでに森の光の中に溶けてしまったのだろうか。森は、わたしにとってガラス張りの牢獄だった。過去の自分を閉じ込め、ただ眺め続けるためだけの。過去のわたしは、牢獄のなかで秘められた意識の底にいつも夢を見ていた。
わたしは、少女である自分を記憶の中でずっと見ていた。まだ瑞々しい陶器のような白肌には、微妙な窪みと隆起が滑らかな線を描き、撥ねるような尻の割れ目の細い溝の翳りを溜めている。可憐な胸のふくらみの弾けるような肉肌、貝殻骨の小さな臍の蕾、煙るように淡い繊毛……森の光にまぶされた少女のわたしの映像が底深い薄紅に染められていた。そして、そこには《わたしの裂かれた処女性》の記憶だけが漂っていた。

自分の化身としての記憶の中の少女の不安に悩まされているとき、わたしは津村さんと会いたくなる。彼の肩にもたれたとき、愛人であることがわたしを安心させる。人目を避けるようにあの別荘に向かう車の中で彼に寄り添い、彼の蒼い瞳を彼の広い肩の近くでのぞき見たときから、わたしは癒され、恍惚とからだが開いていく。そして彼に囚われ、首輪と手錠をされ、アイマスクで眼を閉ざされ、彼の指と唇にひたすら軀をゆだねていくとき、不思議に感じる情欲はわたしを甘美な夢想の世界へ迷わせ始める。


まさか別荘の地下にこんな部屋があるとは思いもしなかった。どろりとした光沢を放つ、磨かれた大理石の壁と床に囲まれた部屋には、天井から鎖が不気味に垂れ下がり、拘束用の革枷がつけられた磔木が床に打ちこまれ、さらに壁には幾種類もの鞭や縄が掛けられていた。
「ここがどういう場所か、きみにはすぐに理解できると思う。叔父がここに愛人をかこって楽しんだ部屋なのさ、今のぼくときみのように」
わたしは、その部屋で津村さんが《そういう欲望》を持つことをあまりに自然と受け入れようとしている自分を不思議に思った。彼とわたしのあいだに漂う空気がどんどん濃くなり、ふたりの距離が縮まっていく。


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