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愛人
【SM 官能小説】

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愛人-7

彼の手がわたしの背中に伸び、背骨に沿って線を描いていく。胸のふくらみが彼の堅い胸と合わさる。わたしの背筋をすべりおちていく彼の優雅な指を想い描くと、わたしの軀ははやくも喘ぎ始め、悩ましげな微熱を帯びてくる。
唇がふさがれた。彼の薄い唇がわたしの唇をついばみ、互いの呼吸がはじまる。呼吸は甘い雫(しずく)を呼び込み、舌の先が触れあうと、雫は糸を引くよう甘くもつれる。彼の手がわたしの腰に伸び、尻に触れ、太腿を這いまわる。そうしているあいだも、彼はわたしの唇で呼吸を続けていた。

わたしはそのままベッドに押し倒される。彼の指が、舌が、そして吐く息が支配的にわたしの肌の上を這った。滑らかに、ときに痛々しく、色褪せたあらゆる窪みや突起を逃すことなく、後ろ手に手錠をされたわたしの肉体は無抵抗に彼の触覚で浸食された。初めて肌を触れ合わせたときに愛撫された感覚とはまったく違う疼きがひたひたとわたしの肉体を火照らせた。
アイマスクで何も見えないわたしは、予期できないところを容赦なく擽(くすぐ)られる。瑞々しく、柔らかさと堅さを甘美に含んだ弾力のある彼の指と舌は、めまぐるしく変容し、深く、浅く肉体のあわいを這いずりまわった。からだが熱く煮えたぎり、疼いていくものだけが残酷に溜まっていった。
それは囚人に対する責め苦であり、思いあたりのない自白の強要に近いものだった。わたしの中の襞は烈しく収縮しながらも高みに達しようともがき、悶えながらも彼はそれを赦してはくれなかった。彼にゆるされないことが、彼に封じられていることが、彼に操られていることが、わたしに純粋な快感を与えた。

とても長い時間だった。ベッドが軋み、身体の中から滲み出す熱いものがわたしを充たした。
彼は、指と唇と舌だけでわたしを支配し、窪みと突起を責めた。彼は何かに憑りつかれたようにわたしを貪った。
不思議だった……彼の愛撫が与える快感は、わたしが無意識に欲しがっているところにとどき、拡散し、凝結した。彼は性の不能者として、わたしは《処女性》という想念に閉じ込められた女として、わたしたちはきわめて《特異な性の感知者》だった。それは性的な交わりよりも、もっと深い性愛をわたしたちにもたらした。潤されるあてのない渇きは、からだがねじれるほどわたしを飢えさせた。きっと彼も同じだと思った、そう感じることは切なく美しい快楽になる。彼はわたしの性器を指でいじり、わたしは堅くならない彼のものを飽くことなく唇で啜った。昇りつめた先が見えない飢えは、心地よい苦痛であり、尽きることのない快感だった。


土曜日の昼下がり、いつもの公園の喫茶店で夫人と向き合う。最初に会ったときと違って、少し厚めの化粧をした夫人は胸元に白いリボンのあるブラウスとグレーのスーツ姿で、スカートからのぞいた膝頭からすらりと伸びた脚と細く締まった足首が見え、とても七十歳を過ぎた年齢には見えなかった。

――夫があなたに、性的にどんなふうに接したか、あたしのやり方であなたを確かめさせていただくわ……。それは、わたしが愛人になるときのキミエ夫人の条件であり、命令だった。

「今日は、これから知り合いの書画展の受賞パーティが都内であるから、出かけないといけないけど、約束のホテルには午後三時には行けると思うわ。部屋はあたしの名前で予約してあるわ。ええ、あなたは聞いているかもしれないけど、夫は仕事で、一週間ほどの予定でパリに行ったわ」と言って珈琲カップを手にした。
 わたしは、津村さんがわたしに触れた軌跡を夫人に確かめられる……その条件を受け入れる約束をわたしはしていた。

夫人の前で、一糸まとわない姿を晒すことがこれほど恥ずかしいことだとは思わなかった。彼女は、暗くした部屋の真ん中だけを照らし出したダウンライトの真下に裸のわたしを立たせた。それは津村さんが裸のわたしを目の前に立たせたときと同じだった。まるで手術台に載せられたようなライトの光は、津村さんがわたしの肌に残した翳りも寸分も見逃さないほど明るすぎた。
夫人は立たせたわたしのまわりを歩きまわり、わたしの心と肉体をえぐるように視線を這わせた。
「夫は、あなたに何を語り、あなたのどんなところに触れたのかしら……」その声は尋問に近い響きをもっていた。
 わたしは戸惑った……返す言葉も持ち合わせていなかった。


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