素描-6
あなたは不意に眩暈と吐き気に襲われ、足元をふらつかせながら部屋を出ると、螺旋階段をよろけるように駆け上り、朦朧とした身体を引きずり、庭園の古びたベンチに倒れるように座り込んだ。
昼でも夜でもない朧な光は、空に透けた太陽の光に間違いなかったが、迫ってくる光はあなたの身体を押さえ込み、血流を止めようとさえしているかのようだった。目の前には、ひび割れた石の台座に据えられた女の裸体をかたどった彫像が仄かな翳りを溜めている。彫像の首から上の部分がもぎとられ、女体は苔むし、太腿のつけ根の深みには無数の黒蟻が巣くっていた。蟻は女体の股間からくびれた腰に広がり、豊満な乳房の谷間を這い、乳首に淫靡に戯れる。顔のない彫像は、蟻に裸体を蝕まれることで冷ややかで毒々しく、それでいて妖艶な姿態を美しく艶めかせていた。
彫像が燿子の姿となって歪んでくる。蠢く蟻が南条画伯の指のようにさえ見えてくる。燿子の裸体の白い影と画伯の黒い影が狂気の戯れとなって胸を締めつける。彼女の肌を這いまわる無数の蟻は、ふたたび股間の割れ目に集まり、群れ、渦を巻き、やがて黒々しいひとつの塊となる。
やがて蟻の塊はペニスの輪郭を造り、猛々しい画伯の男根となり、彼女の中心に淫蕩に捩じ込まれる。滑らかで柔らかい燿子の肉奥に肉幹の亀頭が鋭く突き刺さる。裂け目から彼女の快楽が滲み出し、静寂をナイフで切るような彼女の嗚咽が糸を引くように零れてくる。
混沌とした現実と夢想のあいだを縫うように周囲の樹木から漂ってくる、湿った陰鬱な冷気にあなたは身をふるわせる。どこからか聞こえてくる画伯の冷笑は、あなたの彼に対する物狂おしい嫉妬という痛みに振り降ろされた鞭であり、蒼白い炎となってあなたの情念を炙っていく。そして胸苦しさがあなたの性的な脈動を高まらせ、燃え上がる火のように突き上げてくる疼きが体の奥を襲ったとき、あなたは身をよじりながら烈しく射精した……。
誰かがあなたの肩をたたいたとき、ふと目を覚ます。あなたは庭園のベンチに座ったまま深い眠りに落ちたようだった。瞳の中にはオレンジ色に染まった黄昏の太陽が見えた。
「困りますね……ここは立ち入り禁止なのですよ。そもそもこの敷地にどうやって入ったのですか」
あなたの顔をのぞき込んだ警備服の初老の男が、苦々しくあなたに声をかける。
「いや、邸宅の中で開かれているデッサンの展覧会に来て、絵を見ていたんだが、気分が悪くてこのベンチに……」と、まだ眠りから覚めきらない脳裏から自らの記憶を確かめ、とっさに答える。
「ここの建物は、もう七年も前に火災で焼け落ち、見てのとおり雑草が生えた何もない空き地ですよ。あなた、敷地のまわりに掲げてある立ち入り禁止の看板を見なかったのですか」と、警備員は眉根をしかめながら言った。
「えっ、いや……確かにわたしはここにあった建物の中で、ここの持ち主の南条画伯のデッサン展を見ていた……」と言いながら、ベンチから立ち上がりまわりを振り返る。
唖然として脚が立ちすくむ。鬱蒼とした樹木に囲まれた場所は、雑草が生い茂り、つい先ほどまでデッサンを見てまわっていた優雅な邸宅はそこには存在していなかった……。
あなたは警備員の男に追い立てられるように敷地の外に出される。敷地を囲む、蔦が絡んだ古い土塀の上部には錆びた有刺鉄線がめぐらされ、門柱には、色の剥げた真鍮の文字だけが苔におおわれていた。
あなたはその場所に茫然として佇む。いったい自分が、どこで何を見ていたのか、無意識に自問を繰り返す。描かれたデッサンの中の燿子の存在があなたの脳裏でその輪郭を失いながらゆらゆらと漂うと、胸の内が恍惚とした寂寥感でみたされた……。
薔薇色に焼けた空は、いつのまにか濃い紫色に変わっていた。