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素描
【SM 官能小説】

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素描-8

南条画伯は、三か月にわたって毎夜のように全裸の私のデッサンを描き続けた。デッサンは、彼の中でけっして完成にいたることはなかった。いや、私は彼のデッサンが終わらないことを願った。いつまでも彼に見つめられていたかった、私を貪るように描き続けて欲しかった。なぜなら、私はすでに彼を愛し始めていたのだから。そして彼もまたデッサン紙に描かれた私に、畏怖を、抑圧を、敬虔を、狂気を、浄化を、愉悦を、慈愛を、沸々と湧きあがる性への渇望として激しく感じとっていたのかもしれない。いや、彼は性の不具者であるにもかかわらず、《限りない性愛への渇望という情念で充たされた男》だったのだ。

まどろむように遠い記憶をなぞりながら私はソファから立ち上がり、煙草を手にすると外のバルコニーに佇んだ。指に挟んだ煙草に火をつけ、深く吸い込む。頬をなでる風の音と、どこからか聞こえてくる波のとどろきが私を遠い記憶にいざないながらも、冷めた官能は色を失い、薄明の影ととなり、濃さを増した暮色の空に溶けていく。

結局、私は、完成された南条のデッサンを見ることはなかった。なぜなら彼は、あるときから極度の手の震えに襲われ、鉛筆さえ持つことができなくなり、ある日、突然、自ら命を絶ち、二度とデッサン紙に向き合うことなく短い生涯を終えたのだった。

 ふと思うことがある。〈南条 怜〉は、絶望で死を選んだのではなく、性愛に対する自分が信じた眼差し(まなざし)を失うことなく、永遠に目覚めていることを求めて死というかけがえのない《自己回帰への夢》に旅立ったのかもしれない。それが悲哀に充たされた彼が私に与えた慈しみに充ちた性愛だと思うことは、私の自惚れだろうか……。

私はあなたの誕生日に南条の邸宅で《開かれことになっていた展覧会》を案内する色褪せた葉書を送った。ただし、今から七年前に南条画伯を忍んで開かれる予定の展覧会は架空のものとなった。なぜなら展覧会が始める前日に、邸宅は火災で焼け落ちたのだから。そして南条に描かれた私のデッサンのすべてが失われてしまった。

最近、あなたが、ある女性と再婚することを知人から聞いた。その女性は、ネットの投稿小説のサイトに官能小説を書いている、私と同じくらいの年齢の女性だという。十年前まであなたの妻であったからといって、今さらながらあなたの再婚相手の女性に嫉妬をする立場にあるわけでもない。だから言える……あなたは、私に対してけっしていだくことができなかった性愛の情念をもって、その女性をどんな風に愛し、彼女にどんな欲望をいだくことができるというのだろうか。

 あなたの意識の中で、私のデッサンを見ることができたのかはわからないが、少なくとも私は願っている……あなたの心の奥底で蠢く《あなたの情念》として、性愛という永遠の美の幻視者である〈南条 怜〉によって描かれた、けっして完成することのなかった私のデッサンを見てくれることを……。


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