裏DVDの裏取引-1
「わーっ!すごく似合ってる、ミクちゃん。あたしの思っていた通り!」食事のあとに寄った、お嬢様系ブランドショップの試着室。「ねぇ。そのまま着て行ったら。」マリエはミクの為に選んだ洋服が想像以上に似合っているのを見て言った。
二人は店を出てタクシーに乗った。「有り難うございます!美味しいご飯とこんな可愛いお洋服まで。」ミクはマリエに丁寧に礼を言った。「うん!喜んでくれて良かった!ミクちゃんがアタシのお願いを聞いてくれたお礼よ。アタシこそ有り難う。」
マリエが出演する裏DVDの次回作品への共演をミクに頼み、それをミクは引き受けたのだった。「前章を参照」この展開は川村未来(カワムラミク)を見護っている[補助霊]の私にとっても意外だった。そもそも、今まで会話すら無かったマリエとミクが夕食や買い物を共にすること自体、幾つもの偶然が重なった結果だ。私と同じ霊団の西尾エマリ[指導霊=人との出合いなどを司る霊]も予想しなかったようだ。
人の運命の転機は生まれた時から死ぬまで、こうした偶然の重なりで変化していくのだ。無論、守護霊を中心とした私たち霊団は、見護る人間の為にきっかけやヒントを与える。しかし、その人間の捉え方によっては、逆に悪い方向に運命が転じてしまうこともあるのだ。果たしてミク達が今後どのような運命をたどってゆくのか。
二人が乗ったタクシーが住宅地に入った。「そのマンションの前に停めて下さい。」ミクが言った。「ここにミクちゃん住んでるの?素敵なマンションね。」車が路肩に寄って後部席のドアが開いた。しかしミクはすぐには降りようとしない。ミクとマリエの間に沈黙の時間が生まれた。
数秒後ミクが口を開いた「マリエさん、あのぉ、、良かったら泊まっていきませんか?」マリエは嬉しそうに「えっ!本当!いいの?」 「はい。もう遅いし、今日いろいろお世話になったから。」マリエは「うれしい!もう少しミクちゃんと居たかったのアタシ。」タクシー代金を支払いながらマリエは笑顔を浮かべた。
どうやら二人は半日にして意気投合したらしい。
既にタクシーの中でミクは同居する和夫に、マリエが泊まっていくかも知れないことをメールで知らせていたのだった。
二人はエレベーターの最上階で降り、手作りのフラワーリースで飾られたドアへ向かった。「わあ!綺麗な花飾り。ミクちゃんが造ったの?」フラワーリースを見てマリエが尋ねた。「和にぃが造ったんです。」ミクはドアの鍵を開けながら答えた。そう、ミクが一緒に暮らしている性同一性障害の根本和夫が造ったドア飾りだった。
「えーっ!凄ーい。ミクちゃんのお兄さん!」マリエが感嘆の声をあげるのとほぼ同時に「お帰りなさい!あら!可愛い子。あなたがマリエちゃんね?」和夫が奥から現れた。マリエは一瞬目を見張る。入り口のフラワーリースと和夫の容姿のあまりのギャップに驚いたようだ。「今晩は。水口マリエです。夜遅くすいません。」マリエが丁寧に挨拶すると「あら。ちゃんとしてるのね。どうぞ、お入りになって。」和夫が言った。
ダイニングキッチンには既に、紅茶、コーヒー、ハーブティーなどが用意されている。「さあ、どうぞ。」和夫はマリエに席をすすめて「あっ!あたしはミクちゃんの兄の和夫よ。変な関係じゃないから誤解しないでね。といっても実の兄じゃないけど。」マリエは「はいっ!お兄さんのことはミクちゃんから聞きました。」言いながらミクの方を見た。
マリエとミクが視線を合わすのを見た和夫は、自分の障害のことまでマリエに説明済みなのを察した。同時に二人がすっかり仲良しになった事も、、
三人はひとしきり当たり障りのない会話をした後、和夫は「じゃあアタシは先に休むわ。ミクちゃんの部屋にマリエちゃんの寝床も用意しといたから、後はごゆっくりね。」そう言うと席を立つ。マリエが「お世話になります」と会釈を返した。
「やさしいお兄さんね。うらやましいわ。」ミクは頷きながら「マリエさんには、、?」 「弟がいるけど、何年も会ってないから今は一人っ子みたいなものよ。」その事についてミクは深くは尋ねずに「マリエさん。アタシの部屋へ行きませんか?飲み物持って。」と言った。
マリエは「そうしようか!」と言って、テーブルのカップやティーサーバーを手にした。「ここに乗せて下さい。」ミクはトレイを持ってきた。そして二人はミクの部屋に入って行った。