THE UNARMED-8
そんな俺の目の前に立った男は、レイチェルに向けるより厳しい瞳を見せていた。
「君が『狂犬』――いや失礼、ガルム・ヴィクセルか」
男は問うた。黙ったまま、俺は頷く。
「君は彼女に何か言ったのか?」
「?」
更に疑問符を浮かべる俺に、男は少しばかり苦い顔をする。
それからレイチェルの金を靡びかせて歩く後姿を見やりつつ、言った。
「第三傭兵団に――いや、君に会ってからだな。レイチェルは変わった」
「変わった、だと?」
「気丈な彼女が、此処最近ずっと精神的に不安定な状態になっている。感情の起伏が激しくなったと言うか……。君が彼女に何か言ったのではないのか?」
「は、俺が?」
男の口調は相変わらず静かで優しげではあったが、その瞳は鋭い。
その視線が俺を突き刺す。
くそったれ、と俺は顔を顰めた。
「俺は何も言ってねえ。奴が変わったってんなら、どうして変わったか聞きたいのは俺の方だ。いきなり真剣での喧嘩をふっかけられて、堪ったもんじゃねえよ」
「……そうか」
俺の吐き捨てた言葉に男は静かに頷いた。
軽く頭を下げ、奴は再び鋭い視線を向けて言う。
「ならば、失礼した。しかし、口の利き方には気を付けた方が良いぞ、ガルム・ヴィクセル。私もそこまで優しくはないのでな」
俺は思わず鼻白んだ。
わけの分からないことをいきなり訊かれて、おまけに説教される。
俺が再び口を開こうとした時には、既に男は踵を返した後だった。
「おい、ガルム!」
去って行く奴の背を見つめていた俺に、サバーカが声をかける。
「……何なんだ、あいつ」
ぽつり呟くと、サバーカは呆れたような口調で言った。
「馬鹿か、何で知らないんだ、お前は。あの人がガルシア国軍騎士団長のランデス・アインヴァントだぞ」
ガルシアの……騎士団長だと!?
俺は驚きに声を上げそうになるが、その言葉は飲み込んだ。
ガルシア国軍騎士団長と言ったら、ガルシア騎士団を纏め上げる権威ある人物だ。
俺がまだ騎士団に所属していた頃、団長は髭面の親父だったから、おそらくその後に騎士団長に就いたのだろう。
俺が少なからず驚いていると、サバーカが小声で付け足した。
「それでな、ギルガ騎士長の婚約者だ」
「婚約者!?」
今度は思わず声を上げてしまった。
あいつに、あのあばずれに婚約者だと?
「……初耳だ」
「疎いな。皆知っていることだぞ」
俺は苦笑を浮かべる。
なるほど、しかし今思えば確かにそんな雰囲気があったように思う。
レイチェルの物言いが妙に穏やかだったのも、そのせいか。
(くそったれ)
何となく、何となくだが微かな苛立ちを覚え、俺は舌打ちをした。