THE UNARMED-10
――幾程の時間が経ったのだろう。
俺達も含め、ガルシア国軍はすっかり疲弊していた。
そんな中、風が更にその強さを増した。
乾いた大地に吹く酷い風の嵐は、黄色い土煙を延々と立ち上らせる。
敵味方の区別が付き難く、この状況はかなり危険だった。
「いかん、下がれ!」
その声にはっとして、俺は馬を止めた。
土煙が酷くて前が良く見えないが、目を凝らすと遠くからやって来る影が見えた。
「歩兵か……!」
ヴァナ=ジャヤ軍は足が速い。歩兵が発達していて、奴等に奇襲を仕掛けられることもしばしばだ。
俺達のようにがしゃがしゃとうるさい甲冑も身に着けていないから、足音も良く聞こえない。
前方を見やると、土煙に溶け込んだ数十人もの兵。
俺は剣を構え、馬を駆る。
が、ふと違和感に気付き、アインヴァントの方を振り返った。
(後ろか、いや、横か――)
そう思うも、遅い。
己の両側からの奇襲に、アインヴァント達が怯んだ。
「くそったれ!」
違和感は土煙に映った兵の影と、はっきりと目の前に迫る兵の数が違ったことだった。
短槍のような武器に麻布を被せてそれを掲げていたのだ。
この土煙ならば、それだけで人の形に見えてしまう。
得物を構えるヴァナ=ジャヤの兵達に、俺達は不意を突かれてしまった。
後ろで仲間達の叫びが聞こえる。
それをなるべく聞かないようにしながら、俺は必死で剣を振るっていた。
そしてそれは、七人目の敵兵を屠った時だった。
「ア、アインヴァント騎士団長ッ!!」
そんなドグの声。
俺は足元で短槍を振る敵の首を刎ねると同時に後ろを振り返った。
見えたのは、翻る緑のマント。
そのマントを羽織った男に飛びかかる、数人の敵兵の姿。
数人がアインヴァントの身体にしがみ付き奴を戒めている間に、ひとりの敵兵が刀剣をその胸に――。
「な……んだと……」
勢い良く、胸元から赤が噴出す。
俺は呆然とその光景を眺めていた。
ばっと広がる赤い鮮血を浴びながら、敵兵はドグの剣に首を落とされた。
ヴァナ=ジャヤに特有の浅黒い肌をしたその首が地面に落ちる。
その顔は不気味に笑っていた。
アインヴァントの身体を戒めていた数人の兵もまた、首や腕を落とされながらもその顔は笑っていた。
やがて、ぐらりとアインヴァントの身体が馬から落ちそうになった。
ドグや他の仲間達が慌ててアインヴァントに駆け寄る。
しかし、俺はただひとりその場から動くことが出来なかった。
アインヴァントの胸元から噴出す鮮血をただただ見ることしか出来なかった。
ゆっくりと馬から落ちて行くその姿を、ただただ見ることしか出来なかった。
6. 償い
俺の頬が赤く腫れた。
もう一回肉を打撃する鈍い音が響き、口の端に赤い血が伝った。
そうしてもう片方の方もまた、赤く腫れる。
口腔内に鉄の味が広がった。
「何故だ! 何故死なせた! お前ほどの力量があって、どうしてあの人を死なせたのだ!」
「分かります、気持ちは分かりますが、押さえて……!」
「………」
俺は黙り込んでいた。
何も言えなかった。
当然だ、見殺しにしたのも同然なのだから。
「あれほど、あれほど言ったのに……!」
「どうしようも出来なかった」
そう言った俺の声は掠れていた。
酷く身体が疲れていたせいもあるが、それが嘘だと自分で分かっていたからだ。
どうしようも出来なかったのは事実だ。
しかしどうかしようとしなかった自分がいたのだ。
くそったれだ、俺は。
「誤解です、レイチェルさん! あの状況じゃ、ガルムひとりがどうかしたって……俺が、俺が悪いんです! 一番近くにいたのに……」
「黙れ!」
ドグの言葉に、レイチェルは裏返った声を上げた。
ドグの傍らで、サバーカがドグの肩を優しく叩いた。そして首を横に振る。
サバーカには分かっていたのだろう。
許婚を失った奴の気持ちが。
そしてその気持ちのやり場が分からないことを。