ミクとマリエ、撮影会後の交遊-1
スタジオの駐車場にタクシーが着いた。そして、二人の少女がそれに乗り込んだ。そう、水口マリエと川村ミクだ。 一年半の間、撮影会で何度も顔を会わせながら、会話を交わしたことのなかった二人。今朝、水口マリエからミクを遊びに誘った次点では、二人が連れだって出掛ける可能性は低かったが、色々な偶然が重なって[前章を参照]実現した。
「M駅南口までお願いします。」マリエが運転手に目的地を告げる。ミクはマリエの横にちょこんと座って辺りをキョロキョロ見回している。普段はスタジオまで和夫に送り迎えしてもらっているので、タクシーに乗るのは久しぶりの事だった。
10分後タクシーはM駅に着いた。マリエが料金を払おうとすると、「あのぉ、、これ使ってください。お兄ちゃんからもらってきたお金だから。」ミクがマリエに紙幣を差し出した。
「えっ!いいの?」尋ねるマリエにミクがうなずく。マリエはその紙幣を受け取り、タクシー料金を支払った。つり銭をミクに手渡しながら「さあ行きましょう!」
マリエはミクの手を取った。ミクの小さな掌の平に温かな感触が広がる。 二人はタクシーを降りた。
女の子同士で手をつないで歩くのは、いつ以来だろう?ミクは考えていた。もしかしたら、物心つく前に死に別れた母親の手の温もりの微かな記憶かも知れなかった。 マリエが「ああ、お腹すいたぁー!何食べたい?ミクちゃん」すぐに答えられずにいるミクに「イタリアンの美味しいお店あるの!どう?」「はいっ!」小さな声でミクが答えた。
駅ビルのエレベーターに乗った二人。スラリとしたマリエに小柄のミク。手をつないだ仲の良い兄妹のようにも見える。 まもなく最上階に着き、フロア奥のイタリアンレストランに二人は入った。マリエがお気に入りの店で、本格的なイタリア料理を手頃な値段で提供している。
「いつも有り難うございます、水口様!お二人様でよろしいでしょうか? それではご案内致します。」ウェイターに案内され窓側のテーブルに二人は座った。マリエは店の者に覚えられている程の常連客のようだ。もっともマリエ程ののルックスを持ってすれば、一回その店を利用しただけで顔を忘れられることはないだろうが、。
「ああ!綺麗。」窓の外にひろがる夜景を見て、ミクはおもわず呟いた。 「ねっ!いいでしょ。景色だけじゃないのよ。お料理もすごく美味しいの」マリエはメニューを開いて「レディースコースにしよっか?」ミクが「はいっ!マリエさんにおまかせします。」答えたその顔に笑みがうかんでいる。信頼できる相手だけに見せるミクの表情だった。
「あっ!今あたしの名前を初めて呼んでくれた‼なんか嬉しいな‼」マリエが満面の笑顔でミクの顔を見つめる。ウェイターに注文を終えると、「私、実はね、ミクちゃんのこと暗くて、取っつきにくい子だと思ってたの。それに、もしかしたら おバカなのかなって。でも違った。ごめんね!」首を横に振りながらミクの表情が更に穏やかになった。
テーブルに前菜が運ばれてきた。「さっ!食べよっ!」白身魚のカルパッチョにトマトとモッツァレラチーズのカプレーゼ。「あっ!美味しい!」二人がほぼ同時に感嘆の声をあげ、お互い顔を見合せて笑った。
テーブルの横に、大きなパルミジャーノチーズの塊を乗せたワゴンが運ばれ、コックが二人の目の前でリゾットを作り、出来立てがテーブルに供された。芳醇なチーズの香りが、マリエとミクの鼻孔をたちどころに包んだ。
ふと思い出したようにマリエが「ねぇ!ワイン飲もう」
びっくりした顔でマリエを見るミク「飲みやすいの選んであげる。もし飲めなかったらアタシが飲むわ。ね!」
ミクが軽くうなずく。 「このシャルドネとリープフラウミルヒをグラスでお願いします。」ウェイターは一瞬戸惑い、マネージャーに視線を向けたが、マネージャーの目配せを見て「かしこまりました。」明かに未成年の二人の注文を受け付けた。
まもなくテーブルに白ワインが運ばれてきた。「じゃあ、カンパーイ」マリエはシャルドネを口に運び「美味しい!さあ、ミクちゃんも、、」ミクの為にマリエが選んだのは甘口でフルーティな香りのドイツワイン。ミクはグラスに少しずつ口を近づけた。「あっ甘い香り!」そう言ってミクはワインを少し飲んだ。「でも飲むとチョッと辛ーい!」
「うふっ!少しは辛いわ。だってお酒なんだもん。アタシもワイン飲むのはまだ5回目くらいなの。たまにはチョッと冒険してみるのも悪くないでしょ?‼」マリエが言うとミクはにっこり微笑んだ。前菜やリゾットを食べながら、ワインを1/3ほど飲んだミクだったが、「なんか顔がポッポッしてきちゃいました。」と言った。「じゃあアタシに頂戴。」とマリエが残りを引き受けた。
その後マリエとミクは、料理を楽しみながら会話をはずませた。大部分はマリエが喋りミクがうなずいたり、たまに答える程度だったが、テーブルが楽しい雰囲気に包まれていたのは確かだったし、ミクの話し声も普段よりトーンが高かった。ワインの軽い酔いも手伝ったのかも知れない。