The eighth dream-5
反った背骨を静かに起こす。幸平を乳房の中に収め、抱き包む。すでに露わになっている乳首に吸い付く幸平を、私は柔らかく見下ろす。濡れ動く舌先が乳首に触れる瞬間を、目の当たりにする。視覚と知覚がまったくブレることなく、同時に私の神経に波を立てる。
このまま溺れてもいい筈。このまま乳房から全身に立つ波に溺れても許される筈。だけど、いつも溺れるだけの私では、幸平を導くことは出来ない。少しの、理性。少しの、思考。私は後ずさりする。ゆっくり、ゆっくり、絶え間なく動き執拗に乳首を吸ってくる幸平の舌先が離れぬよう、後ずさりする。視界の端っこでベッドの位置を確かめながら、後ずさりする。快楽が海と言うなら、悦楽という岸に向かって歩く旅人のように。
脹ら脛(ふくらはぎ)でベッドに辿り着いたことを確かめたら、静かに腰を下ろして、幸平がどうしたいかを探るだけ。そのまま押し倒してくるかもしれない。暴れていた熱情が一瞬姿を消してシャワーを浴びにいくかもしれない。その判断は、幸平に委ねればいい。悦楽の岸に導ければ、溺れるも泳ぐも幸平にしがみつくしか、私にはないのだから…。
ベッドの端に腰掛けた私を見下ろして、無言の幸平が立ち尽くす。私の手を取って、逃げ場を求めて蠢く(うごめく)象徴へ誘う。はち切れそうなジッパーを下ろし、ジーンズのボタンを外す。ベッドの端に腰掛けたままに、私の顔のすぐ前。熱も、血液も、精液も、今にも暴発しそうな象徴を、私は救い出す。閉じ込められていた窮屈が、大きく頭を振って私の手の中でヒクヒク動く。
迷いも、ましてや焦らすことなどなく、私はヒクヒク動く象徴を、大きく口に含む。仁王立ちだった幸平の腰が、力なく崩れそうな吐息で震えている。口に含んだまま舌先を転がし、時折きつく吸ってみせる。花の蜜のように、先端から溢れた幸平の液が私の唇を糸で結ぶ。
「朋美…朋美…」
頬の内側に当たる先端。絡める舌先。幸平の呻きを頭上に聞きながら、私は大袈裟なまでに水音を立てて、逞しく反り勃つ象徴にキスをする。
口に含みながら、幸平のジーンズとずり降ろす。足首で止まったジーンズと下着が、足枷(あしかせ)となって、幸平の自由を奪う。幸平が自分で脱いだシャツがバサリと床に落ちる。不意に耳穴を塞ぐ指。幸平の指。両の、中指が、優しく、私の、耳を、塞ぐ。雑音を奪われた私の聴覚に、生々しく口戯の音だけが響き渡る。聞こえてくる、ではなくて、頭の中で響き渡る。舌を絡める度、吸い付く度、舐め回す度に、水気に満ちあふれた口戯の音だけが頭の中に響き渡る。羞恥心をも淫美にしてしまう火照り。心憎い幸平の意地悪に、私は軽く歯を立てて応戦する。下から上に。上から下に。互いに見やる視線が湿り気を持って結ばれる。柔らかな笑みを唇の端に浮かべて…。
結ばれた視線に、幸平の熱情が再び覚醒する。私の口から象徴を抜き取り、海へ飛び込んでくる。押し倒し、覆い被さってくる。がむしゃらに、顔や首筋を舐めてくる。覚醒した熱情が、足首に引っ掛かったままのジーンズを不器用に抜き取る。足枷の外れた囚人。自由を手に入れた熱情は、横たわる私の体に馬乗りになって、着衣を剥ぎにかかる。胸元は露わに捲られ、剥き出しの太腿が開かれる。
痛い…痛い…。痛みすら覚える指先。乳房に立てられた指先の力の強さに、私は喉奥で鳴く。突起した乳首は千切れるのではないかと思うほど吸われ、幸平の愛撫の標的にされる。それでも、ゾクゾクと感じている自分の体が憎たらしくも嬉しい。
ハァハァと漏れてくる幸平の吐息を耳元に受けながら、クリ○リスが指間に挟まれていることに気付く。荒々しく曲げられた指は、先を急ぐ。普段なら、優し過ぎる程クリ○リスを愛撫する指先も、ライブ後だけはそうもいかない。
自分の演りたい音楽を観客の前でプレイ出来た時の満足感と達成感が、幸平の脊髄に火をつける。荒々しく、やたら滅多に、私の体を弄ぶことで、その灯った火を消そうとするかのように…。そこに、夢を叶えられなかった少しの悲しみを見る。私は、ライブの後の幸平のセックスに、誰も知らない彼の悲しみを感じる。だから、何もかも受け入れられる。幸平が望むことなら、一瞬よぎる夢への未練を押し殺すためなら、何もかも喜んで受け入れられる。それが、私にしか出来ないことなのだから。ライブハウスやホールで騒ぐ女の子達には、出来ないことなのだから…。