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The eighth dream
【女性向け 官能小説】

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The eighth dream-1

左の太腿に、置かれた、幸平の右の掌。大きくもなく、小さくもなく、華奢でもなく、荒れてもない、幸平の右の掌。変わったばかりの信号。横断歩道を進み始める無表情な人々の幾つもの、肩。急ぎ足に見えるのは、冷たい季節の訪れのせい。
踏んだままのブレーキ。ギアをニュートラルにして、サイドブレーキを引く。普段の何気ない信号待ちが出来ないのは、左の太腿にある幸平の右の掌のせい。少しの、動揺。静かにさざめく波。肌の下の神経が、少しだけ、敏感に、反応してる。
変わらない信号が、恨めしい。幸平の掌はジーンズの上から肌を撫で、指先で感触を味わうように滑る。
変わらない信号が、悩ましい。
内へ、内へ、と滑り始めた幸平の掌を感じながら、フロントガラス越しに赤の信号を見上げる。その指先が目指す場所を確信しながら、見上げる。
両の膝小僧が互いを求める。両の脚を閉じようと、互いを求める。柔らかな体温を滲ませて、幸平の掌が腿の付け根に滑ってくる。焦れったさとゆらめきが、見上げる赤の信号を小さく揺らす。ギアをニュートラルにし、サイドブレーキを引かなかったことを、後悔する…。
「ねぇ、聞いてる?朋美」
不意に左の耳に幸平の声が飛び込んでくる。不意に赤が、青に、変わる。静かな湖面を水鳥達が飛び立つ様に、全身が慌ただしく、震える。
「聞いてんの?ねぇ…」
明らかに不愉快な顔を作って、幸平が笑う。何事もなかったように、右の掌を引き剥がす。柔らかな体温に反応していた、左の太腿から引き剥がす。悪戯っぽく、白々しく、引き剥がす。幸平に、そんなつもりは無かったのかもしれない。だけど、そんなつもりになっていた自分に、血が逆流する。頬を、赤く、染める。耳たぶを、熱くする。
走り始めた車。午後の陽射し。助手席にある、見慣れた横顔。授業に退屈してる子供みたいに、オイルのライターで遊んでいる。カチャカチャ鳴るオイルのライター。さり気なく視線を向けて、遊んでいる幸平の指を見る。
「あ、あそこだ、あれ!あれ!だろ、きっと」
小さなホールが見えてくる。正面のロータリーや駐車場に、数台の車。無造作に立てかけられた看板。
「村祭りだな、こりゃ」
幸平が笑う。
「誰よ?大きなロックイベントに出ることになった、って自慢のしたのは?」
笑う幸平に、意地悪な笑みを送る。
「うるせぇ」
もう一度幸平は笑う。正面のロータリーに車を進ませ、今度はしっかりとサイドブレーキを引く。幸平が周囲を見渡す。
「まだ、みんな来てないなぁ」
シートを少しだけ倒し、幸平が一瞬深く目を閉じる。その横顔に吸い込まれる衝動を、これまで何度味わってきただろう。
「ねぇ…」
キっと開かれる、目。視線は、正面。こちらを向くことなく、幸平が喋り始める。少し、驚く。軽く、躊躇う。
「どうしたらいいんだろう…どうしたら、ちゃんと諦めてくれるかなぁ」
「例のファンの子?」
「うん…」
呟いて幸平は再び深く目を閉じた。学生の頃からバンドを始め、それはフリーターになっても、就職してもいつも傍らにある夢。一時期はプロになりたいと真剣に願ってもいたらしい。“思い出話”だと幸平は言う。眩しかった記憶を“熱病”と言って笑う。ただ、幸平を素敵だと思うのは、その“熱病”を巧く自分の日常に抱え込んでること。熱にうなされることなく、叶わなかった夢を捨てることなく、楽しんでること。日々、仕事をしながら、仲間とバンド活動をし、気負いも衒い(てらい)もなく楽しんでること…。

「いいじゃない?熱烈なファンがいるって」
「馬鹿言うなよ、こんな素人社会人バンドにファンなんてさぁ」
幸平は煮詰まった珈琲の様な渋い苦笑いを浮かべる。私はその苦笑いに正直安心する。


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