The eighth dream-3
「ええ…それでは…今日は主催者の方々のご好意で、俺たちのオリジナル曲を演ってもいいってことなんで…」
数曲のコピーを歌い、ほのかに汗を滲ませた幸平が切り出す。察した前列の女の子達が即座に歓声を上げる。
「ここからは何曲か、普段、俺たちがライブハウスで演ってる曲をいこうと思います」
マイクスタンドからマイクを引き抜き、幸平がメンバーに合図する。ドラマーのスティックがカウントを取る。ホールの静けさを裂くギターのリフが、一気に昇り詰めるかのように響き渡る。
小さなステージで幸平が揺れ始める。幸平の汗が、匂い立つような瑞々しさで、エロスを蒔き散らす。
客席の中央で、幸平を正面に見ながら、私は自分の手で左の太腿を触り、刹那をまさぐる。さっきまでの幸平の記憶でなく、このライブの後に抱かれる自分を目に浮かべながら、左の太腿に卑猥な文字を描く。
「お疲れ様!打ち上げはまた連絡するよ」
幸平がメンバーに手を振る。関係者への挨拶を済ませ、楽器をステーションワゴンに載せ、いつもの日常が戻ってくる。
「じゃあね朋美ちゃん」
「幸平を、よろしく」
何気ないメンバーの言葉に卑猥さを私だけが感じている。まるで、これから幸平に抱かれることが、公然の事実であるかのような卑猥さ。私がどんな喘ぎ声を上げ、何度も果てることを見透かされているかのような羞恥。
バンドのメンバ−が笑顔で私に手を振る。小刻みにリズムを打ってクラクションを送ってくる。
走り始めたステーションワゴンの排気ガスが、小さく目に染みる。
「行こうか」
幸平が言う。帰ろうか、ではなく、行こうか。心臓が、一つだけ余分に鼓動を打つ。
窓の外。来た道が、帰る道になる。景色が、流れてゆく。ホールでの熱が、剥がれ落ちるように冷めてゆく。
「やっぱり来てたなぁ…あの子」
幸平が煙草をくわえながら言う。
「例の、しつこい子?」
「ああ…いつも、途中から来るんだ」
気付かなかった。最初にホールを見渡しはしたけど、オリジナル曲が始まってからは、私もまたファンの女の子達と同じ様に、幸平に濡れていたから、その存在に気付いていなかった。
「まいるよ、ホントに…この前なんて会社に電話してきたんだぜ?今度のライブはいつですかってさぁ…俺が外出してる時なんて、伝言まで頼むんだぜ?電話下さい、ってさぁ…まいるよなぁ」
「家にも来たの?また」
「いや、この前、朋美と一緒に帰ったじゃない?そこに出くわしてからは来なくなったよ、家には」
「ショックだったんだ、きっと」
優越感。独占欲。支配力。私の中にある自信と現実が、微かに勝ち誇る。
「けどさぁ、こうしてライブには必ず来るんだよなぁ…」
微かに勝ち誇った自信と現実が、幸平の言葉の前に呆気なく頭(こうべ)を垂れる。
「でも嬉しいよなぁ。今日なんて30人くらいはいたよね?俺ら目当てで来てくれてた人達…」
吐き出された紫煙が、車窓の隙間から流れる景色に吸い込まれてゆく。
呆気なく頭を垂れた自信と現実に、追い打ちのような影が覆い被さる。幸平が、私のものであって、私だけのものじゃない事実が、乾いた乳房を掻きむしる。
対向車もいない交差点。赤信号。ひとつの強い風が、フロントガラスを過ぎる。陽射しが雲間から幾筋もの光のカーテンとなって、低い空に泳ぐのを見ながら、私はサイドブレーキを引き、幸平の唇に刹那を重ねる。
漏れる息。幸平の戸惑いと驚き。舌先でそれを感じ取って、さらに吐息を塞ぎにかかる。なかなか呼応しない幸平のキスに焦れ、前歯で愛しい幸平の舌先を噛みにかかる。