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純白のマリアと漆黒のまりあ
【ファンタジー 官能小説】

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<西の守護者> 白百合(しらゆり)麗(うるは)-1

 まるで学園ラブストーリーを読んでいるような感覚に襲われるが、肝心な美男子の姿は見受けられなかった。

「でも本当に素敵な場所……ここで絵を描いても怒られないかな?」

 美男子の出現よりも絵を描くことに心を躍らせていたまりあは並べられている椅子のひとつに腰をかけた。

「あの噴水をキャンパスに入れて、このあたりをこう……」

 鞄をテーブルに置いたまりあは早速指でキャンパスを象る(かたど)と……

「おはようございます。ここがお気に召されましたか? お嬢さん」

 突如"キャンパス"からこちらを覗いてきた目を見張るような美青年にまりあは飛び上がった。

「……ご、ごめんなさいっ!! 新入生のまりあって言います! 白羽(しろう)まりあです!」

 勢いよく頭を下げたまりあに美青年の彼は優しく微笑んでいる。

「可愛い名前だね。まりあさん? それともシローって呼ぼうか?」

「シ、シロー……?」

 まるで犬か何かを呼ぶようなネーミングにまりあは顔をあげてポカンとしている。

「自己紹介がまだだったね。僕の名前は白百合麗(しらゆりうるは)。西の地を守護する麗と申します」

「守護……?」

 まるで天使のような微笑みを浮かべた青年はその手に百合の花を抱え、そのひとつをまりあへと手渡した。

「ここが気に入ったのならいつでもおいでください。……貴方のための椅子はもう用意してありますから」

 まるで女性のような柔らかい表情と口調。
 水色の長髪にサファイアのように深く青い瞳。

 まりあの意志とは無関係に思わずみとれてしまうほどの美がそこにはあった――。

「……僕の顔に何かついていますか?」

 見つめられていることに気づいた彼は不思議そうにまりあへと一歩近づく。

「い、いえっ!!」

「……本当に?」

 彼はあやしげに瞳を光らせると、まりあの黒い瞳を覗きながら近づいてくる。

「まりあさん……どうか烏にはお気をつけて。奴らはとても狡賢いずるがしこ……生ごみを漁っているかと思えば……」

 麗の細長い繊細な指先がまりあの唇をそっとなぞり、耳元で小さく呟いた。

「貴方のように美しく清らかなキャンパスを好んで汚しに来ることもあるのだから……」

「え……」

(清らかなキャンパス……?)

 彼がなぜ自分をキャンパスに例えたのかはわからないが、どうやらこの場所へ来ることを拒絶されたわけではないとわかった。

「鴉に絡まれたことはないので大丈夫だと思いますけど、お昼休みにここへ来てもいいですか?」

「……ええ、好きな時間に好きなだけどうぞ」

 彼は鴉の話を軽く受け流してしまったまりあに弱冠の不満があったようで一瞬その表情が曇る。しかし、それを気に留める様子もないまりあは嬉しそうに口を開いた。

「ありがとうございます! あの、白百合さんはもしかして大学の方ですか?」

(西の地を守護するって言ってたし、この庭の手入れを任されてるってことだよね)

 まりあがそういうのも、彼の服装は制服ではないからだ。まるで聖職者のような恰好をしており、その首から流れる銀色の鎖の先には十字架(クロス)が輝いている。

「生徒兼、講師と言ったところです。しかしほとんどの時間をここで過ごしていることは間違いありません」

「生徒でありながら講師を?」

(すごい……よっぽど優秀なんだ)

 まるで外の世界とは違う、ここだけ切り取られた聖域のようなこの学園はどういうシステムなのか、まりあは理解していない。そのため疑うことを知らないのだが――

「ええ、僕の他にもそういった者たちが数名います。彼らもよくこの場所へ来るのでそのうち顔を合わせるかもしれないですね」

「そういえば……」

 まりあは先ほどまで座っていたテーブルと椅子を振り返った。

「白百合さん、……白百合先生? を含めて五人いらっしゃるということですか?」

「どうぞ麗(うるは)と呼んでください」

「あ……じゃあ遠慮なく麗先生って呼ばせていただきますね」

「はい、これで僕も気兼ねなく貴方のことをシローと呼ぶことができます」

「あ、はは……」

(やっぱりシロー確定なんだ)

 苦笑いしたまりあに、にこりと微笑んだ彼はまるで光に透けてしまうほどに清らかでどこまでの美しかったが、まりあは感じたことのない心地悪さを覚える。

「……っ……」

(なんだろう……百合の香りにあてられた、かな……)

「…………」

 まりあの異変に気付いた白百合麗だが、構わず話を続ける。

「椅子のことですが……既に言った通りこのひとつはまりあさんのために用意していたものです」

「……初めてこの庭に入ってきた新入生を"庭の手入れ人"として、……スカウトしてるってこと……ですね?」

(だめ……なんだか調子悪……いっ……)

 手の甲を額にあて、いよいよ立っているのが辛くなってきたまりあ。その様子を白百合麗はまるで試すかのようにじっと見つめ続けている。

「…………」

「すみません麗先生……私、これで失礼します」

「えぇ、スケッチブックと……百合の花はあとで新しいものを届けますので鞄だけお持ちください」

「……新しい? いえ、あとで取りに来ますので……ごめんな、さ……」

 蒼白になったまりあの体は大きく傾いて、そのまま意識が途絶えてしまった。

――ドサッ

 白百合麗はまるでそれを予想していたかのように、まりあの体を空いている右腕で抱き締めた。



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