楽しい時間-3
神尾君と船橋さんと居るときは楽しい、マグロの回遊は大迫力だったし、海月に癒され、熱帯魚に眼を奪われました。一人で見たらこんなに楽しくなかったでしょう、三人で見るからより愉しくなることは間違いがありません、ほの暗い水族館で人の目も気にならないのがちょっと意外なんです。
驚いたのはペンギン鑑賞の一角でのことでした。
「なんかかわいい、あのこ、あのこがかわいい、ね、みて順子」
興奮した船橋さんがぺんぎんを指差し、ぴょこぴょこ跳ねます、それにあたしも同調してぴょこぴょこ、
「やばいよねー、超可愛いって」
とか何とかいっときながら、動いてるペンギンなんていっぱいいて、どれがどれだか区別なんてつかないのですが……
「やべ〜〜〜さわりて〜〜〜」
言うが早いか、柵を乗り越えるのが早いか、船橋さんがペンギンに向かって猛ダッシュ!
見事一番ちっちゃいペンギンをゲット!
「おーーーバカだ〜〜、バカがいる、馬鹿画像ゲット!」
ペンギンを抱きしめる船橋さんをスマホに収める神尾君、
「だ、だめでしょっ、ペンギン捕まえちゃ! 怒られるから、はやく、早くこっちもどってきて船橋、急げ急げって! なに画像に収めてんの、このバカタレ! さっきまでのカッコいい神尾君を帰せえーーーーー!」
ざわざわ、ざわざわ、ざわざわ、ざわざわ、ざわざわ、ざわざわ、
ものすごいギャラリーがざわめいて、遂に飼育係のお姉さんが飛び出してきてしまいました。
教室になじめない三人集ですが、誰かが止める役を演じなければならず、調子に乗りすぎた子に誰かが、あたしが、言い過ぎない程度にたしなめるのが必要なのです、コレはコレで高度なコミュニケーション技術を要する作業なのです。
その後、三人はこってり油を絞られるみたくお説教され、学校の生徒手帳までしっかり押さえられてしまいましたが、どうにか追放とか出入り禁止まではされず、許されたのでした。仕方がありません、これも同盟を結んだ以上、彼らを見捨てることはできないのです、無関係を装うこととか許されないのです。
ってゆーか船橋って、けっこーやべーやつなのかもしれないって、教室ではぶられるのってコレがりゆーなんじゃないって? 口にはできないことですが、あたしに問題があるように、彼女もまた問題を抱えているのかもしれません。
順子はスマホが嫌い、一々いちいちイチイチママに報告しなきゃいけないのとか、水族館のお魚の画像とか撮らないといけないのとか……順子が三十分に一回ラインしてるのにママは既読するだけで、それを怠ると呪いのような説教文面が送られてくるし、酷いときはお家に入れてくれず、一時間寒空の中、制服で待ち続けたこともあるくらい、ママは徹底している。
クラスの女子が夢中になってSNSやってるのって、あれビョーキでしょ、こんなのに時間とられてるのって馬鹿じゃねーのって、でもママには逆らえないし、彼女をお友達みたいに体裁整えないといけない、それができて初めて親子関係を築ける。あたしの家族関係はいつもこうだ、あーーー頭ったまくる! 例えば今週末はママに付き合って、江戸川サイクリングとかいうご近所リゾートに行き、区立図書館に本を借り、ランチはすぐ近くにある駅ビルの円亀製麺で食べる貧乏ながらも愉しく過ごすって、いらいらしながらママを連れまわすようにしてあげると、デートしてるみたいでイライラは収まる。ま、確かに親子デートだ、その日だけはママは成績のこととか、執拗なまでに求める語学系の話題も暗黙の了解ので話題にならない、けどそのままおうちに帰り、彼女を抱いてあげなくては不満を溜め込むの、全くめんどくさくて仕方が無いよ、まあ女同士分からなくはないけど、だから余計に嫌になるの。
ごめんなさい、あたし語りになっちゃって、ママのことは置いておいて、船橋ったら神尾といつの間にか手をつないじゃって、なんかいいなって思う。
『東京湾とその生き物』と題された巨大な水槽を二人の後ろから眺めながら、あんまり綺麗じゃない東京湾に生きる魚と、この二人のコントラスをよく似合ってるなって、ハーフの神尾とそれを慕う変人女船橋、それを応援するのが同盟関係かなって思うし、それであたしはいいんだけど……
ふっと気づくと、すぐそばにママがいる気配を感じ、後ろを振り返り、きょろきょろしてしまう、順子のそばにはママがいる気配を消すことはできないの。
どうしてあたしの横にいるのがママなんだろう。