この向こうの君へB-2
僕も嫌です。
でも今更本当の事なんか言えない。バレても嫌われないくらい仲良くなったら話すつもりだったけど、状況が変わって今の状態を維持するしかなくなった。
「どうしよう…」
僕、人生でこんなに困ったの初めてだ。
どれぐらいそうしていただろうか、突然隣の部屋の窓が開けられる音がした。
『ガラガラッ』
と、いつもより乱暴な音が響く。
「…すずさん?」
気になって声をかけた。
「耕平君!?」
「どうしたんですか?」
「部屋の外に元彼が来てる!」
「え?」
元彼って、この前もめてたあいつか。
「外に出たらドアのすぐ向こうに立ってて、慌てて鍵は閉めたんだけどあたしがいるの分かってるから…」
確かに、派手にドアを叩く音とすずさんを呼ぶ声がベランダまで聞こえてくる。
「どうしよう、出たくない…」
「いいですよ、僕が出て注意してきます」
こんな時こそ僕の悪人面が役に立つ。
「駄目だよ!耕平君みたいな可愛い子が行ったら変な言いがかりつけられちゃう!!」
何で可愛いと決めつけちゃってんだろうなぁ。
「大丈夫ですよ」
ケンカをした事はないけどこの顔を見せれば何もされない自信があった。
「あたしも行く、耕平君を危ない目に遭わせるわけにいかない」
「いいです!僕1人で大丈夫だから!!」
「2人で部屋から出てって、付き合ってるって言っちゃえば納得して帰るかもしんないし」
「いやっ、本当僕1人で大丈―」
「耕平君に何かあったら嫌なの、すぐそっち行くから離れてて」
「離れる?」
「だってこの壁」
「壁?」
それはいつも僕達が背もたれにしているお互いのベランダを区切る薄い壁。そこには太いブロック体で『非常時は壁を破って隣の部屋へ』と書いてある。
壁を、破って…
壁を破る!?
「あたし、そっち行くから」
はぁっ?
何を言い出してるの、この人は!!
「それだけは駄目です!僕、言ってきますから絶対来ちゃ駄目ですよ!!」
言いながら玄関への直線を猛ダッシュしてドアを開けた。早いとこ追い払わなきゃすずさんが来ちゃう。
時間的な焦りは完璧顔に表れていた。
突然隣の部屋のドアが開いて中から極悪非道な顔面の大男が無言で睨んでくる恐怖は経験者にしか分からないだろう。
元彼は2〜3歩後ずさりして回れ右をすると一目散に逃げて行った。目的は達成されたが、なんとなくムカつくなぁ…。
なんてのんびりしてる場合じゃない、すずさんに報告しなきゃ。
すぐに戻ってその名を呼ぼうとした時だった。
「あとちょっとーっ!!」
絶叫と共に壁が力に圧されて膨らんだかと思うと、次の瞬間壁が破れて
「っ!?」
薄い板の破片とそれを破るために使われたであろう木製のダイニングチェアーが、顔めがけて飛んできた。
突然の事で避けきれず椅子は僕の顔面に命中。スローモーションのように倒れる途中チラッとすずさんの顔が見えた。
あぁ、これは罰だ。
いくら片思いでも相手を思ってした事でも、大切な人に嘘をついちゃいけないんだ。
僕は後頭部に強烈な衝撃を受けて最悪な対面は脳しんとうで幕を閉じた。