アミーナ(一)-1
森村は一人で漫画を読むことが多くなった。もちろん、学校には持ってこられないので、学校ではノートに自分で描いた。
それにしても、女子が沢山いるのに、どうしてこうも趣味が合わないのか。正確には、傾向が合わないのだが、スポーツの話にしろ、歌手などの話にしろ、漫画にしろ、気持ちの一致することがない。アナスタシヤは付き合って話を合わせてくれたけれども、不自然さが感じられて、森村には面白くないのだった。
ただ、体でなら、男友達から得られない一体感を男女は持てるのだと実感していて、不思議と寂しさは減っていった。
真っ白な平野は海まで続いている。反対を見れば、遥か遠方に山々が、やはり白く険しい姿を厳かに示している。最も高く見える比較的近場の山に、かつて栄えたスキー場の跡が点々としていた。ウィンタースポーツで有名な観光地だったその一帯も、今は殆どが廃墟となっている。
スキーがここで出来たなら、女子たちと普通に仲良くやれたのかもしれない。そう森村は考えてみた。だが、そんな所なら生徒ももっと居るのだろうし、それなら敢えて女子と付き合う事もない道理である。森村は、無い物ねだりの虚しい思いを打ち捨てた。
父親は、人の来ない特区の大学で、専任の話があると言った。引っ越しは暫く無いかもしれない。つまり、ここで白い女子たちとやっていくしか自分には無いのだと森村は覚悟しつつあった。
海まで歩いてみた土曜日の午前中、冬なのに新しく張られたらしいビニールハウスの並ぶ道で、森村はアミーナに会った。
アミーナは小走りに駆けてきた。
「森村クン、いま暇ある?」
「暇だけど。」
「ちょっとうちに来ない? あたし、もう毎日たまらないの。」
珍しく長い黒髪に黒い瞳をしたアミーナは、五年生なのにませていて、ひときわ洒落ていた。黒いコートに黒いセーターとタイツが、細身の体によく似合った。
「森村クンが来てから、胸が大きくなっちゃったの。運動すると揺れて痛いんだから。」
「何が言いたいんだよ。」
「セックスしたいの。」
「俺、帰って漫画描きたい。」
「今しか時間ないじゃない。絵のモデルもしてあげるよ。」
「アナスタシヤにしてもらう。」
「あの子、おっぱい無いでしょ。ほら、来て。」
アミーナに手を取られた森村は、大きな日本家屋に向かっていった。聞けばビニールハウスもみなアミーナの家のもので、親はいわゆる豪農なのだそうだ。
「アミーナ、誰だ、その子は。」
嗄れた男の声が突然聞こえた。声の主は、体格の良い白髪の老人だった。
「お父さん、うちのクラスメート。」
「勝手に人を連れてきちゃいかん。」
父親は森村を見もしなかった。そこへ防寒着姿をした細い初老の女性が加わった。
「あなた、何君か知りませんけどね、女の子のうちに断りもなしに来るなんて、いけませんよ。」
アミーナの母親らしい女性に、灰色の冷たい瞳でそう言い放たれた。アミーナはすっかり怖気付いていた。
「ごめんなさい。じゃあね、森村クン。」
別れぎわ、アミーナは森村のポケットに何か入れたようだった。いやな大人に会った不快さを抱えたまま、森村は散歩を続けた。
帰宅した森村がポケットを探ると、白い女物のパンティーが入っていた。ピンクの小さなリボンの付いた高価そうな品だった。アミーナのものに違いない。しかし、その小綺麗な下着の裏は、股のところがおぞましいほど汚れていた。そして、山百合より濃い女のにおいだった。森村は、そこにアミーナの悲しみと辛さ、もっと言うなら怨念に似たものを感じ取り、何とかしなければと一人思った。