決行-1
(悟でも誘って飲みに行くか)
週末の夕方、そんなときに危機管理部から要車依頼があった。どうやら関連会社でパワハラ問題が発生したらしい。行先は大井。悟の職場に近い。
洗車の行き届いた黒のレクサスを正面玄関に着けた。ほどなく現れたのはネイビーのスカートスーツの千佳と、グレーのパンツスーツの舞依だ。
車内は女たちの発するほのかな甘い香りに満ちていた。チラチラとルームミラー越しに千佳の美貌を盗み見るので、運転にも集中できない。突然鏡に映る切れ長の瞳に見つめられ、竜也は目を逸らせた。
「どう、後藤君?本部にはもどれそう?」
挨拶代わりの千佳の言葉だったが、男はそう受け止めなかった。
(チェッ!馬鹿にしやがって!)
エリート人生から転落し、地下駐車場という文字通り日の当たらない場所での生活を送るうち、かつての情熱もどこへやら、今では鬱屈した日々を送っている。
「どうですかね。ここも結構居心地がいいんでね。満足してますよ」
半ば自虐的に言ったが、それに対する千佳の答えはない。それどころか
「タバコ吸っていい?」
ミラーに映る人妻室長の表情は、どこか人を蔑んでいた。いや、少なくとも竜也にはそう感じた。
「あっ、困ります!禁煙なんで・・・」
「いいじゃない。ストレス溜まるのよ、この仕事」
男が制止したときにはすでに遅かった。うまそうに紫煙を吐き出した後だ。舞依が顔をしかめながらサイドガラスを下ろす。
(これってパワハラじゃね?)
役員や上級管理職の中には、タバコを嫌う人も多い。一度染み付いたこの匂いは、なかなか取れないのだ。
(クソッ!この女許さねえッ!素っ裸にひん剥いて詫びを入れさせてやる!)
十年間の冷遇がすべて千佳に向けられていた。千佳に仕える舞依も同罪だ。
(今日しかない。長年の鬱憤を晴らすチャンスだ!)
その目は今までの暗く絶望的なそれではない。獲物を狙う飢えた野獣・・・。薄暗い車内で、男の瞳だけが爛々と輝いていた。
「すぐ戻るから待っててね」
形の良いヒップラインを見送りながら、その中身に想いを馳せた。
(おっと、こうしている場合じゃねえ。悟と打ち合わせしなきゃあ)
慌ててスマートフォンを取り出した。
すぐ戻ると言いながら、小1時間待たされた。
「お疲れ様でした」
後部ドアを開けて二人を招き入れた。
「ありがとう。今日は直帰するから最寄り駅でいいわ」
さらに
「舞依、こんな時間だから食事でもしながら報告書まとめましょう」
「えっ、あ、はい・・・」
そう答えた舞依の表情は、明らかに動揺していた。怯えているようにも見える。
「渋谷でいいですか?円山町あたりで・・・」
「円山町って?」
「ホテル街ですよ。やだなぁ、よく御存知なくせに」
そんな会話をしているうちに、目的地に着いた。目的地といっても千佳のではない。男たちにとってのだが・・・。
「ここは・・・?」
大井ふ頭に近い倉庫群の一つだ。コンテナの修理や改修を行う、悟の職場だ。その体育館ほどの広さの建物に、レクサスを乗り入れた。
待ち構えていた悟がドアを開けた。
「すいませんね、こんな汚いところで」
訝しげな表情を浮かべながら、千佳が車外に降り立った。舞依もそれに従う。
「あなた、たしか・・・」
怪訝な面持ちで男に問いかけた。
「はい、後藤さんの後輩の悟です。和田悟。実は先日のセミナーでちょっと分からないことがありまして・・・。これってセクハラになりますか?」
そう言うと舞依の背後に回り込み、パンツスタイルの若々しい双臀を撫で回した。
「ヒイーッ」
舞依から短い悲鳴が漏れる。
「当たり前でしょ!やめなさい、馬鹿な真似は!」
そんな千佳の叱責を鼻であしらうように
「じゃあこれはどうです?」
カットソーに包まれた量感ある胸のふくらみを鷲づかみ、ゆさゆさと揉みしだいた。
そんな傍若無人な振る舞いに、悲鳴も忘れて身を固くする舞依だった。どうやらボーイッシュなのは外見だけで、お嬢様育ちのおとなしいタイプのようだ。
「あなたたち、どうしたのッ?いい加減にしなさい!」
毅然として男を諭す千佳のスカートに、竜也の手が伸びた。それを一気にまくり上げた。パンストの薄い繊維越しに、ムンムンと匂い立つ太腿が露わになった。
「ヒイッー、や、やめてッ!何をするのッ!」
スカートの裾を必死で押さえながら、気丈にも男たちを睨みつけている。
「何をするのってレイプですよ、レイプ・・・」
興奮を抑えながら竜也が言った。目はすでに血走っている。