5-1
クリスマスの約束はしたものの、夏休みにたっぷり愛し合った二人、半年も待てない。
高校生の身ではそうそう学校を休めないし、雄介も就活準備が始まって忙しくはあるが、学園祭と言う口実は見逃せない。
まして両親共に教師、麻衣が一流大学の学園祭を見学したいと言えばダメとは言わない、まして案内役の保護者が在学しているのだ、心配性の父にも文句はない。
「あ、この建物、よく写真で見る」
「ああ、旧図書館だよ、確かにウチのシンボルだね」
「横浜の校舎も素敵だったけど、こっちもやっぱりいいなぁ……」
「俺はどっちかと言うと港北が性に合ってるけどね、広々してるだろう?」
「確かにこっちは狭いけどその分都会的な感じがする」
都会が目新しい麻衣には魅力的なのだろう……慣れてしまえば広々している方が良くなるかもしれないが。
「ミスコン?」
「そうだな、なんかここ数年、このミスコンが女子アナの登竜門みたいになってるんだ」
「奇麗な人ばっかり……憧れちゃうなぁ……」
「そうか?」
「だって奇麗じゃない?」
「俺にはもっと魅力的に見える娘がいるけどね……すぐとなりに」
「……お世辞でも嬉しい……」
「妹にお世辞なんか使わないよ」
そう言って肩に手を廻すと頭を預けて来た。
「……会いたかったの……」
「俺もさ」
周りは人で溢れている、それでも囁き合い、見詰め合うと二人きりの世界に入り込んでしまう、軽く唇が重なった……。
「よう、川島、彼女か?」
模擬店でクレープを買おうとすると、友人に声をかけられた。
「妹だよ」
「へぇ、可愛いな、俺に紹介してくれよ」
「そうは行かないな」
「信用無いんだなぁ、ちゃんと大事にするぜ」
「そうじゃなくてさ、妹には違いないけど恋人でもあるんだ」
「そうなのか?」
「まあシスコンとでもブラコンとでも、何とでも言え、でも麻衣は誰にも渡さないよ」
「そりゃすまなかったな、まあ、お幸せにやってくれ」
作ったような微妙な笑顔が返って来た。
「お兄ちゃん、いいの? あんな事言っても」
「恋人でもあるってことか? だって本当だろう?」
「でも……」
「俺は麻衣しか目に入らないって言っただろう? 全然かまわない、それにあいつも言ってただろう? 可愛いって」
「でも、ミスコンの人なんか美人ばっかりで……」
「前にも言ったと思うけど、麻衣は可愛いよ、ミスコン出場者だってちょっとメイクが上手いだけさ、男の目は節穴ばっかりじゃないって事さ」
「うん……」
あまり浮かれた様子は見せない、むしろお互いを恋人と思っていてもゴールは存在しないという現実がのしかかってきたのかもしれない、雄介がそうであるように。
「そろそろ出ようか」
「うん……」
「東京タワーに登ってみるか? ここから近いよ」
「……うん……」
あまり気の無い返事だ。
「新宿の高層ビル街を歩いてみたいとも言っていたよな」
「……うん……」
やはりあまり気乗りがしない様子だ、雄介は腹を決めた。
「やっぱり新宿へ行こう、高層ホテルに部屋を取ろう」
麻衣は小さく、しかしはっきりと首を縦に振った。
「麻衣、麻衣」
「ああ、お兄ちゃん」
あれこれ体位を変えて楽しむとか、麻衣を感じさせてやりたいとか考える余裕もなく、雄介と麻衣はひたすら体を重ね、互いの体をむさぼり合った。
少しでも長く、少しでも深く繋がっていたかったのだ。
全ての恋愛が結婚というゴールにたどり着くものではないし、それをゴールと考えない恋愛もあるだろう。
しかし、雄介と麻衣の場合はそれが許されないことだと知っているからこそ、どれだけ歩いても、走っても辿り着けないゴールだと知っているからこそ、少しでも近づきたかったのだ。
夜が更けても新宿の明かりが消えることは無い。
ベッドに並んで腰掛け、カーテンを開けて夜景を眺めていると、麻衣は雄介の胸にすがるようにして顔をうずめて涙を落とし始めた。
本当は雄介も泣きたかった、どんなに愛おしく思っても、どれだけ体を重ねても、いつかは解消しなければならない関係、狂おしく愛し合った後ではそのことが余計に身に沁みる。
麻衣の涙はやがて嗚咽となり、ついには大きな声を上げて泣き始めた。
雄介はただひたすら抱きしめてその髪をなでてやる他にできる事は無かった……。